病害虫防除のそもそも論

 作物を栽培した時に発生する病害虫を防ぐために行うさまざまな管理作業を「防除」ということは皆さんご存知のとおりです。作物を栽培すれば病害虫の発生は避けられませんから、しかるべき収益を上げるためには適切な防除によって収量ロス、品質ロス等を抑える必要があります。そこでここでは、経済栽培上、最大の収量損失要因である病害虫の制御方法としての防除をどのように理解したらいいのかについて考えてみたいと思います。

 病害虫のうち病害については、主因である病原体、素因である作物、そして誘因としての気象要因を含む栽培環境、の三要素がそろったときにはじめて引き起こされます(図1-A)。これを病害の三要素と言います。理論上はこれらの三要素のうちのいずれか一つを除いてやれば病害は起こらないはずです(図1-B)。しかし、現実には、素因としての農作物は当然のことながら除けませんし、残りの二要素も完全に排除するあるいは最適化することは不可能です。害虫についてもほぼ同様のことが言えます。となると病害虫のリスクを最小限にするためには、主因に焦点を絞った対策、すなわち病害虫の数を効果的に減らす防除法を採用するのが最も現実的な対処方法となります。そこで、病害虫防除を経済レベルで合理的に実践していくにあたっての考え方について、農作物の収量損失要因という視点から考えてみましょう。
 図2を見てください。この図はOerke (2006)および藤田(2019)が穀物栽培における収量損失に関わる各種の要素の種類とそれらの構成比を現わした図を再構成したものです。一番左の「理論上の最大収量」とは、すべての生産条件が完璧・最適となる条件下で得られる収量、その右はこの理論上の最大収量から回避できない損失(たとえば風水害などの気象要因などによる対処不能な損失)を除いた「潜在収量」を示しています。ここでは、実際の穀物栽培での潜在収量レベルを100としたときに、無防除で得られる収量割合は65%、防除によって回避可能な損失は35%と見積っています。この回避可能な損失のうち、農薬を用いた化学的防除で回避できているのは全体の15%、生物・物理・耕種的防除で回避できているのが5%、合計すると防除によって回避できている損失は潜在収量全体の20%を占めていることになります。残りの回避可能であるにもかかわらず的確な防除ができないために生じている損失は全体の15%と見積もられています。したがって、現状収量を越える目標収量を得ようとした場合には、この15%の現状損失にメスを入れて増収をねらうことになります。野菜や果物あるいは花き類のような園芸作物では、無防除収量が30%にも満たない作目がほとんどですから、回避可能な損失割合はさらに大きな数値になっているはずです。現実の経済栽培場面では、この回避可能な損失対策を費用対効果という視点から予測して、どの程度のレベルで病害虫を抑えるのか、徹底防除するのか、ある程度の病害虫の発生は容認するのか、というような防除程度のレベル、一般に「経済的要防除水準」と言いますが、これを設定することが求められます。この意思決定プロセスは大変難しく、経営規模、生産する農作物に求められる商品性、作業労力など様々な要因を考慮しなくてはなりません。そのためには、防除技術ごとの信頼性、技術の完成度、作物別・作型別の適用性などを考慮したうえで、経済的目標収量を最適化するための実施可能な個別技術の体系化が必要となります。具体的な個別技術については順次このコラムで説明していきたいと思います。

【参考文献】

Oerke,E.C. (2006). Crop losses to pests. J.Agri.Sci. 144:31-43.

藤田俊一(2019).病害虫による農作物の経済的損失.シンポジウム「病害虫と雑草による影響を考える」講演要旨 p.1-14.(社)日本植物防疫協会.

図1.発病の3要素とそれらの相互関係.

図2.農作物の収量損失に関わる要素別構成(概念図).

 穀類生産に着目した時のイメージ図.Oerke(2006)、藤田(2019)を改変して作成.( )内の数字は各要素の対潜在収量構成比