もやしは救世主か?運び屋か? -豆の汚損菌-

 昨今の物価高に輪をかけて、野菜の高騰は筆者も含めた庶民の懐を直撃しています。そんな中でも、もやしは安く品質が安定していることから、重宝な野菜として盛んに利用されています。もやしは短いサイクルで工業生産されるため、天候に左右されず安定的に供給できるからです。今冬のように、天候不順などにより畑作・施設野菜の生産量が減ってしまう場合、もやしの消費・生産量が増えます(もやしの統計 もやし生産者協会)。ちなみに、もやしの価格はこの10年間100g当たり15~17円で推移しています。また、2人以上世帯の年間購入量は2023年までの10年間は6~7 kg(2023年は約6 kgで990円)でした。今年(2025年)1~2月、キャベツが400~450円/1 kgですから、キャベツ1 kgでもやしが約半年分買える計算になります。栄養的にも充実しており、他の野菜に引けを取りません(もやしの栄養 もやし生産者協会)。さらに、料理が簡単で多様なレシピに利用できるのも魅力です(もやしレシピ もやし生産者協会)。そんな庶民の救世主とも言えるもやしは原料を全て輸入に頼っているため、ロシアのウクライナ侵攻以降価格が高騰しており、生産者を苦しめています(緑豆の輸入動向 HS071331 4. 輸入価格の推移)。そればかりか、以前から菌類による製造中の腐敗や汚損が最大の生産阻害要因となっています。今回はもやしの天敵ともいえる多様な菌類について紹介したいと思います。
 もやしは、リョクトウ(緑豆、Vigna radiata)、ブラックマッペ(ケツルアズキ、Vigna mungo)、およびダイズ(豆もやしの原料、Glycine max)の種子(子実)から作られています。近年はもやし生産者協会に所属している主な41業者が年間50万トン前後製造しています(もやしの統計 もやし生産者協会)。製造工程で原料豆は暗黒下25~30°Cのもとで十分な水と湿度を与えられるため、菌類(カビ)にとっては天国のような環境になります(佐藤,2015)。したがって、洗浄工程で菌類が除去できない場合、その増殖による腐敗・汚損は避けられません。
 1990年頃、当時の東京都農業試験場でもやしの加工を専門に研究していたA氏から腐敗・汚損もやし由来の菌類を同定してほしいと頼まれたのが、もやし関連菌類との出会いでした。以来およそ30年間、A氏から託された菌株を同定するだけでなく、送られてくる腐敗・汚損したもやしや原料豆からカビを分離しては観察と同定を繰り返しました。それらをまとめると、Vigna属のリョクトウおよびブラックマッペのもやしと原料豆からは37種のカビが(表1)、また、豆もやしと原料豆(ダイズ)からは、1種以外Vigna属由来種とは異なる11種が分離・同定されました(表2)。3種類のもやしのうち最も生産量の多いリョクトウ由来のカビがやはり最も多く、35種に上ります。ブラックマッペからは5種が分離されていますが、そのうち3種はリョクトウ由来の種と共通で、2種だけが特有のカビでした。この2種の内一方は熱帯・亜熱帯に分布するLasiodiplodia属菌であり、その気候帯は原料豆の産地(後述)に一致しています。これら48種の分類学的所属を見ると、子のう菌門に所属する種が圧倒的に多く、接合菌門所属が3種、担子菌門所属1種(2亜群)および卵菌門所属1種です(表1)。これを見ても植物関連菌が子のう菌門に多いことが分かります。また、各種の植物病原性を調べてみると、Vigna属由来種には日和見的な菌も含めて23種(約62%)、ダイズ由来種には8種(約73%)ありました。

表1.リョクトウ・ブラックマッペもやしと原料豆から分離された菌類

表2.豆もやしと原料豆(ダイズ)から分離された菌類

 ところで2023年、3原料のうち最も輸入量の多いリョクトウは17か国から輸入されており、輸入額135億円のうち中国から71.7%、次いでミャンマーから19.7%で、これらを合わせて全体の9割以上を占めています(緑豆の輸入動向 HS071331 2. 2023年 輸入相手国のシェア(%) データ出所:財務省 貿易統計)。また、ブラックマッペは主にミャンマー、タイなどから輸入されており、豆もやしの原料大豆は主にアメリカ、カナダ、中国などから買い入れています(もやしについて もやし生産者協会)。つまり、原料豆とともに大半の植物病原菌も意図せず海外から入れてしまっていることになります。ここで植物検疫上問題になるのが、国内未発生の植物病原菌です。少なくとも2種がそれに該当すると考えられます。1種は1984年リョクトウもやしから分離された炭疽病菌Colletotrichum chlorophytiで、最初、形態により国内既存のColletotrichum truncatumと同定されましたが、後にDNA領域・遺伝子に基づき再同定されました。(MAFF 305748の詳細 農研機構 農業生物資源ジーンバンク)農研機構ジーンバンクの菌株カタログによると、1999年カンショ(サツマイモ)、2010年シロウリ、2017年センキュウおよび薬用ニンジン(オタネニンジン)からC. chlorophytiが分離されたことが分かりますが、リョクトウもやし由来の菌株より古いものはありません。同菌の分離源となったもやしの原料豆の輸入元は不明ながら、当時リョクトウは国内生産されておらず海外産であることは確かです(原料(緑豆)の研究  どこもやらない「国産原料使用のもやしを商品化したい!」 ㈱上原園)。おそらく、C. chlorophytiは輸入緑豆などとともに日本に入ってきたのでしょう。リョクトウもやしは家計の救世主である反面、その原料豆は海外産植物病原菌の運び屋とも言えます。もやし工場で腐敗や汚損が生じた場合は、速やかに焼却するなど適切な処理を行い、植物病原菌の漏出・蔓延を未然に防ぐことが強く求められます。
 もう1種はダイズ由来のDiaporthe caulivoraDiaporthe phaseolorum var. caulivora)です。この菌は1940年代の終わり頃から1950年代初めにかけて、米国中西部から中北部で多発したNorthern stem canker(茎かいよう病)の病原菌なのです(勘九郎と真逆のカンクロ -ダイズ茎かいよう病菌-)。2009年に米国バージニア州から輸入された原料豆から種子伝染性の同菌が分離されたことから、輸入豆とともに日本に侵入したことは想像に難くありません(MAFF 242096の詳細 農研機構 農業生物資源ジーンバンク)。それから15年後、D. caulivoraが北海道でダイズフォモプシス腐敗病を起こしていることが報告されました(畑中・高村,2024 大豆の詐欺犯 -ダイズフォモプシス腐敗病菌-)。輸入された豆もやし用の汚染豆が本病の伝染源になったかは定かではありません。しかし、豆もやしの原料豆を輸入することにより、海外産の種子伝染性病原菌がやすやすと植物検疫をすり抜けて侵入したことは確かです。輸入大豆のうち豆乳、豆腐や納豆などの加工食品原料は加熱殺菌されるため、微生物に汚染された子実でも問題になる可能性は低いのですが、発芽させてもやしとする子実は海外産植物病原菌の運び屋になっている現実があります。以前にも警鐘を鳴らしたように、このような植物検疫上のリスクを低減するためにも、国内農業を振興して食料自給率を上げる必要があります。特に、ダイズは日本でも容易に生産できるため、国を挙げて増産するべきでしょう。