最近、「隠し子続出の?Lasiodiplodia属菌」、「カビが付けば気温が下がらぬ -ナンヨウアブラギリ枝枯病菌 Lasiodiplodia sp.-」を掲載しましたが、読者の方からLasiodiplodia属菌について興味深い質問を頂きました。
「無色と有色の2種の分生子を形成し、厚壁の無色単胞分生子が分裂し、有色2胞分生子になるのでしょうか?」これに対しては以下のように答えさせて頂きました。
無色単細胞から有色2細胞になる過程を経時的に観察したわけではありませんが、そうだと考えています(他の文献でもその見解です)。1980年までの広義 L. theobromae による病害についてまとめたPunithalingamは、On ‘maturity’ the conidia become 2-celled,…と記述し、わざわざmaturityをシングルコーテーション(‘’)でくくっていることから、通常の成熟とはやや異なることを臭わせています。それは、ブログでも書きましたように、単細胞分生子は十分な発芽力を持っている(図1A)、つまり、分散体として機能する状態であり、必ずしも未熟とは言えないためと推測されます。2細胞化は成熟と言うよりも「変身」のようなニュアンスでしょうか?

図1A-D.Lasiodiplodia属菌の2タイプの分生子 A.単細胞分生子の発芽、B.単細胞・2細胞分生子と中間的な分生子、C.先端側に無色単細胞分生子の付いた分生子角、D.試験管の内側に付着した黒色の分生子殻とそこから噴出した無色単細胞分生子の粘塊
以上の回答はさほど苦労しませんでしたが、同じ方から「Lasiodiplodia 属が2種の分生子を形成する生態的な意義はどこにあるのでしょうか。」という難問も寄せられました。こちらは限られた情報や両タイプの分生子の出来方を観察した結果から、以下のように推察しました。
なかなか刺激的な質問ですが、Punithalingam(1980)をはじめ、これまで他の文献でもその意義は示されていないようです。そこで私なりに考えてみました。最初、無色単細胞分生子が分生子殻から噴出して分生子角を形成しますが、どうやらこれらはすべてが有色2細胞になるわけではないようなのです。初期の分生子角(conidial horn)を写した図1Bには両タイプの分生子の中間的な分生子も写っていますが、予想外に少ないのです。他の写真でも同じ傾向です(農研機構微生物画像データベース)。また、Lasiodiplodia 属菌の分生子角には先端が無色で基部(分生子殻孔口)側が黒く長いものが結構あります(図1C)。単細胞分生子が分生子殻の外部に出てから順次2細胞分生子になるのでしたら、先端側が黒い分生子角が多いはずです。つまり、単細胞分生子が分生子殻の外で2細胞になるのではなく、2細胞分生子はほぼ全て分生子殻内で出来上がってから出て来ると考えられます。先端側が白く基部側の黒い分生子角の場合、初めに無色単細胞分生子がひとしきり形成された後、有色2細胞分生子の形成にスイッチが切り替わっているのでしょう。一方、無色単細胞分生子のみ、あるいはほぼ有色2細胞分生子のみから成る長い分生子角も見られることから、感染組織に十分な養分があるうちは無色単細胞分生子を作り、栄養が枯渇してくると有色2細胞分生子を作っている可能性もありそうです(農研機構微生物画像データベース:無色単細胞分生子のみの分生子角 MAFF番号306026 MAFF番号306000、有色2細胞分生子のみの分生子角)。
ブログでも書きましたたように、有色2細胞分生子にはおそらく壁にメラニン色素が沈着して紫外線耐性があると考えられるほか、2つの細胞がお互いスペアになっていますから、無色単細胞分生子より環境耐性が高く生存力が強い、寿命が長いと推測されます。一方、無色単細胞分生子は有色2細胞分生子より水分となじみが良く、スラント培養などのように高湿度の場合は粘塊になり水媒分散に向いていると言えます(図1D)。仮説の域を出ませんが、これらのことから無色単細胞分生子と有色2細胞分生子は異なる役割を持っていると言えるかもしれません。すなわち、富栄養のときや初期に形成された無色単分生子は、同じ宿主に再感染して生活基盤を固める局地戦部隊であり、栄養が不足する場合や後半からたくさん形成される有色2細胞分生子は、強い日差しや不利な環境下でも長距離を飛散・移動して、新たな宿主に感染し分布を広げる遠征部隊であると考えられないでしょうか?
質問された方にはこのような苦し紛れの回答でも一応納得して頂き、ほっとした次第です。ところで、USDA Fungal Databases – Fungus-Host By CountryでLasiodiplodia 属菌の宿主と分布を検索してみると、実に1,150件以上もヒットします(菌種・宿主・国のどれか一つでも異なれば1件とカウント)。2問目に対する上記回答のように考えると、Lasiodiplodia 属菌が熱帯・亜熱帯で繁栄していることが分かるような気がします(「隠し子続出の?Lasiodiplodia属菌」)。