病原の居場所 ―伝染源―

 すでに述べたように,単一植物を画一的に栽培する農耕は,自然生態系のバランスを大きくゆがめることに他ならず,それまで植物と共存してきた様々な微生物を病原として顕在化させてきました.では,病原はどこいるのでしょうか?もちろん、攻撃される作物の上には必ずいますから、普通は圃場内の作物を中心とした伝染環(Disease cycle)を解明し、それに基づく防除対策を立てることが多いと思います。地上部の病害では作物に薬剤散布するのはその最たる例です。しかし、病害の起源を考慮すると病原は作物以外の宿主に寄生しており、伝染源は圃場の他にもありうることに留意しなければなりません。すでに紹介したように、以前から圃場・施設外の伝染源について研究例があり、令和4年3月の日本植物病理学会大会でも施設栽培マンゴーの炭疽病について外部伝染源の可能性が報告されました(澤岻ら、2022)。ただ、後に述べるように、近年国内では野生植物上の病原菌の調査は進んでいないのが現状です。今回は、病原として最も割合が高い(国内で約75%)菌類について圃場外の伝染源について考えてみたいと思います。

野草・野生樹木上の病原(第一次伝染源)

 国内でも野草・野生樹木上の病原が第一次伝染源となっているとの報告はあります。例えば、宿主特異的ないもち病菌(Pyricularia属菌)は6属12種・変種のタケ・ササ上に寄生しており、アオナリヒラ上の菌がイネ(愛知旭・新2号),オオムギ,アワ,コムギ,トウモロコシなどに寄生したことが報告されています(糸井ら, 1978)。一方、和シバ環紋病も起こすイネ眼斑病菌(Drechslera gigantea)は、イネ2品種を含む7種のイネ科植物に病原性を示し、そのうち畦畔雑草のヒメウキガヤに大きな病斑を形成し分生子を大量に作りました(Sato et al. 1990;図)。しかし、2品種のイネのどちらにも小さな病斑しか形成せず、分生子形成も一方の品種でのみ少量認められただけでした。数千年前イネが大陸から日本に渡ってきたことを考えると、すでに国内の和シバや畦畔雑草に定着していたこの菌が大規模に栽培されるようになったイネに宿主範囲を広げようとしているのではないかと考えられます。教科書にも載っているように、多犯性果樹炭疽病菌(Colletotrichum 属菌)が近隣のニセアカシアを伝染源としており、半身萎凋病菌(Verticillium属菌)がアカザ・キオン・バラ類などの雑草の根に微小菌核を形成して潜んでいます(白石ら,2012)。また、コマツナ炭疽病菌Colletotrichum higginsianumが周辺雑草のホトケノザとコマツナに相互感染して被害を与ることが報告されています(折原ら、 2012)。他方、周辺雑草のイヌビユはイチゴ苗の炭疽病の伝染源となっており、しかもイヌビユへの除草剤施用が同病菌の胞子の大量形成を助長していることが明らかにされています(Hirayama et al., 2018)。これらの例からも、第一次伝染源は圃場外に案外普通にあるのかもしれません。

引用文献

Hirayama, Y., Asano, S., Okayama, K., Ohki, S. T., Tojo, M. 2018. Weeds as the potential inoculum source of Colletotrichum fructicola responsible for strawberry anthracnose in Nara, Japan. J. Gen. Plant Path. 84: 12-19.
糸井節美・野津幹雄・佐藤文男・山本淳・野田千代一・内田利久.1978. タケ・ササ類に寄生するPyricularia sp.について.日植病報 44: 209-213.
折原紀子・佐野真知子・藤代岳雄・松浦京子・岡本昌広・鍵和田聡・堀江博道.2012. Colletotrichum higginsianumによるホトケノザおよびスベリヒユ炭疽病(新称)の発生と病原菌のコマツナに対する病原性確認.関東病虫研報 59: 47-50.

Sato, T., Nishihara, N., Ohkubo, H., Hamaya, E. 1990. Notes on Drechslera gigantea, a graminicolous fungus new to Japan. Rept. Tottori Mycol. Inst. 28:175-184.
白石友紀・昭光和也・一ノ瀬勇規・寺岡徹・吉川信幸.2012. 新植物病理学概論.pp. 196-197.養賢堂,東京
澤岻哲也・安次富厚・河野伸二・花ケ崎敬資.2022. ハウス外周辺植物に潜在するマンゴー炭疽病菌の種構成およびそれら植物の伝染源としての可能性.日植病報 88: 232-233.

図.イネ眼斑病菌の野生植物などに対する病原性から推定される同病の起源