前回に引き続き、微生物学概論の講義で受けた質問と回答を紹介します。
問:古細菌が細菌よりも真核生物に近いと分かった時、「古」細菌という名称を変えようとする動きはなかったのか?
答:古細菌の名称は太古の地球環境で最初に進化した原核生物という意味で付けられた。最新の生物の系統樹では原核生物の祖先から初めに真正細菌の祖先が現れ、後に古細菌が派生し次に真核生物が進化した。細胞内共生説では、古細菌の細胞内に好気性細菌とシアノバクテリアの祖先が入り込んでそれぞれミトコンドリアと葉緑体になり真核細胞が進化したことから、古細菌が真核生物に近縁なのはその通り。1980年代になると、上記の通り古細菌 (Archaebacteria)が真正細菌よりもむしろ真核生物に近いことが明らかになり、後生細菌(Metabacteria; メタバクテリア)という用語が提案されたが、あまり使われなかった。 1990年、ウーズが3ドメイン説を発表した際、古細菌と真正細菌を区別するためそれまでArchaebacteriaと呼ばれてきた古細菌の名称からbacteriaを外してArchaeaが提唱され、以後英語圏ではArchaeaが定着した。日本でもこれに対応して細菌が外され、「始原菌」という和名が提案されたが、それ程定着しなかった。現在、最も一般に使用されるのは古細菌、または英語読みのアーキア(アーケア)で、一部の研究者の間では始原菌、ラテン語に由来するアルカエア(アルケア)とも呼ばれる。なお、中国語でも当初は古細菌と呼ばれていたが、現在Archaeaには「古菌」や「古生菌」という漢字名が当てられている(古細菌 ウィキペディアより)。いずれにせよ「古い」というイメージにとらわれないために、バクテリアに対してアーキアと呼ぶのが適切と思われる。ちなみに、3ドメイン説ではバクテリアとアーキアの属する原核生物プロカリオート(Prokaryote)に対して真核生物はユーカリオート(Eukaryote)とも呼ばれる。
問:接合菌門は中国の酒麹であると聞いたが、日本の酒麹とどのような差があるか?
答:接合菌門のMucor(ケカビ:図1, 2)、Rhizopus(クモノスカビ:図3, 4)属菌が紹興酒など中国酒に利用される。日本酒の酒麹は蒸した米に子のう菌門のAspergillus oryzaeを生やしたものだが、中国酒では蒸煮していない麦粉やコーリャン粉を固めたものに菌を生やしデンプンを糖化する。また、Mucorや Rhizopus類は約60%がアルコール醗酵力を持つため、それだけでもアルコールが生成されるのに対して、Aspergillus類は全く醗酵力を持っていないため、酒造りにはアルコール発酵酵母を組み合わせる必要がある。歴史的にはMucorや Rhizopus類のみを利用した単純な酒造りの方が古く、Aspergillus類の利用はもろみにおける酵母の集積法が確立してから発達したと考えられている(山下 勝(1997))。
図1.米麹に使われるMucor属菌のコロニー、2. Mucor属菌の接合胞子、3. Rhizopus arrhizus (R. oryzae) のコロニー、4. R. arrhizus の仮根(R)、匍匐菌糸(St)、胞子のう柄(P)、胞子のう(Sp).
問:(新型)コロナウイルスは結局のところ風邪の病原なのか?
答:季節性の風邪の病原となる4種類のウイルスもコロナウイルスの仲間だが、現在(2024年秋)、蔓延中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は感染力や病原性が極めて強く、人間にとっては別物と言える。SARS-CoV-2は2019年に中国武漢市で発見されたが、どのような経緯で最初に人間に感染するようになったのかは明らかになっていない。今後このウイルスは風邪のウイルスのように人類に定着して蔓延することが予想される。一方、定着していない人獣共通病原体のコロナウイルスが2つある。重症急性呼吸器症候群コロナウイルス(SARS-CoV)は、コウモリのコロナウイルスが人間に感染して重症肺炎を引き起こすようになったと考えられており、中東呼吸器症候群コロナウイルス(MERS-CoV)は、ヒトコブラクダに風邪症状を起こすウイルスで、種の壁を超えて人間に感染すると重症肺炎を起こすと考えられている(国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連情報」)。
問:細菌の鞭毛モーターの効率は人工のモーターと比べて性能はどのくらい違うのか?
答:細菌の鞭毛は大腸菌で毎秒300回転,最速クラスのビブリオ菌では毎秒1,700回転という超高速回転を実現している.その上,左右両方向に回転方向を切り替えることができる。毎秒1,700回転は毎分に換算すると10万回転になり,これは卓上超遠心機の回転速度に匹敵する(寺島浩行(2020))。このように高速で回転する鞭毛をもつ細菌の移動速度は30~100 µm/秒とされている(上村慎治(2010)、細菌は菌糸の「高速道路」を移動し「通行料」を払う~細菌と糸状菌の知られざる共生関係を発見~(科学技術振興機構)、Gayan Abeysinghe, et al., 2020(html)(pdf))。細菌の大きさは1 µm前後であり、電動自動車の大きさを約4mとすると車を細菌並みに動かすことは秒速120~400m(時速約430~1,430 km)で走らせることに相当するが、現在の技術では不可能である。さらに、細菌は空気中よりもはるかに抵抗の大きい水中を移動することも考え合わせると、鞭毛モーターの方がはるかに高性能と言える。
問:寄生する生物は環境にどのような影響及ぼしているか(存在意義)?
答:肉食動物が草食動物の過剰増殖を抑制しているように、寄生生物は宿主生物の密度を調節し早期に分解することから、種の多様性の維持や物質循環に貢献している。例えば木材腐朽菌は古木の材を腐らせて倒れやすくする寄生菌の一種だが、土壌病原菌に弱い子孫が朽ちた倒木上で発芽してある程度成長してから土に根を下ろすことを助けている。つまり、同種の世代交代を支援して森の環境維持に役立っている。また木材腐朽菌(図5, 6)による木の大小の洞(うろ)は様々な動物の格好の住み家となっている(国立科学博物館編,2014)。
図5,6.木材腐朽菌、5.コフキサルノコシカケ(褐色腐朽菌)、6.ヒイロタケ(白色腐朽菌).
問:アブラムシは、共生するブフネラのおかげで交尾せずに単為生殖で個体数を増やすことができるとのことだが、アブラムシにどの様な変化が起こるのか?
答:アブラムシは、植物の師管液を餌としているが、師管液にはアブラムシの合成できない必須アミノ酸やビタミンなどが欠けているため、体内の「菌細胞」と呼ばれる特殊な細胞の中に共生細菌のブフネラ属菌を多数収容し、上記の栄養分を合成してもらい供給を受けている。母虫に,ある抗生物質を注射すると、単為生殖で生まれてくる次世代のアブラムシはブフネラを持たなくなるとともに発育不良となり生殖能力もなくなる。したがって、アブラムシは、ブフネラから供給される栄養分により生存と単為生殖が可能になっていると考えられる。一方、ブフネラはアブラムシが合成できるアミノ酸の合成能を失っており、それをアブラムシから受け取っているといった栄養的に持ちつ持たれつの相利共生関係を築いている。また、アブラムシは,幼虫が密集してると翅をもった個体が現れ、これらが飛行して新たな宿主に分散する。翅をもった成虫になるには,急速に飛行筋を発達させる必要があり、この時,アブラムシはブフネラを一時的に犠牲にする。すなわち、有翅虫の菌細胞は急激に小さくなるのに反して飛行筋が発達する。分散飛行後、新たな宿主上で吸汁を始めると、飛行筋が急速に退化し、それに伴って菌細胞はもとの大きさに戻る。この共生関係は2億年も継続しているというから、ブフネラとアブラムシはお互いになくてはならない存在と言える(石川 統、2001)。
問:宿主の生命力が弱まったり、突然変異が起こったりなどで、共生・内生していた微生物が急に寄生に変わることはあるか?
答:大腸菌のラムダファージのように、細菌に自らのDNAを注入する溶原性ファージ (テンペレートファージ)のウイルスゲノムは、宿主のDNAと合体して大人しく複製されるか(溶原化)、あるいはプラスミドとして宿主細菌内に独立して存在することもある。テンペレートファージの中には抗生物質に対する耐性遺伝子や毒素の遺伝子を持つものがあるため、宿主のゲノムにそれらの遺伝子が入り込み新たな薬剤耐性や強毒性の細菌が出現することがある(溶原変換)。つまり、このファージは宿主細菌にゲノムを増殖してもらう代わりに、生存に有利な形質を宿主に提供し相利共生的な関係を築いている。ところが、このファージゲノムは、宿主細菌が健全なうちは休眠状態のままであるが(プロファージ=内生的)、宿主細菌に紫外線を照射する、あるいは栄養分の枯渇などにより宿主の状態が悪化すると生殖サイクルを開始し、宿主細胞を溶解させてしまう(寄生化)。
イネ科植物に内生しているネオティフォディウム属菌は、宿主が出穂期に近づくと栄養の集まる未熟穂上に分生子(無性世代)と子のう(有性世代)を形成し、出穂を妨げてしまう。これは一年生の宿主では生育期が終わりに近づき、生理状態が変化して発生するミイラ穂病やがまの穂病と呼ばれる病害である。また、炭疽病菌の中には内生ライフスタイルを持つ種があり、宿主の生理状態により病原性になる(Jayawardena et al., 2021)。例えば、イチゴ炭疽病菌Colletotrichum fructicolaは数種の雑草に内生しているが、除草剤により宿主が枯れ始めるや否や分生子を大量に形成するようになる(内生的ライフスタイルを持つ炭疽病菌(菌を知らば百戦危うからず))。このように、多くの内生微生物は宿主の生理状態により寄生(病原)性に転換することが知られている(Hardoim et al. , 2015)(html)(pdf))。
図7.イチゴ炭疽病、8.イチゴ炭疽病菌Colletotrichum fructicolaの分生子・剛毛、9.同C. fructicolaの子のう殻・子のう.
問:嫌気性細菌と好気性細菌は片方から派生したのか? それとも初めから別の細菌として誕生したのか?
答:全生物の共通祖先は現在の原核生物と似ており、(偏性)嫌気性で二酸化炭素固定と窒素固定を行い、水素に依存する独立栄養生物であったとする説に従えば、最初に嫌気性微生物(細菌)が現れたと考えられる(山岸明彦、 2021)。シアノバクテリアの祖先など酸素発生微生物の出現後、地球の大気の成分は無酸素から有酸素に移っていることから、先に嫌気性細菌が出現したことは確実であり、その後好気性微生物(細菌)や通性嫌気性生物(細菌)が生まれたと考えられる。ちなみに、先カンブリア時代に酸素の放出と二酸化炭素の消費という大気の成分変化を担ったシアノバクテリアの祖先は、ストロマトライトという岩石状の化石となって世界各地に残っている(地球に酸素をもたらした生き物の記録 ー 「ストロマトライト」(Stromatolite)(東北大学総合学術博物館))。
問:遺伝子組換えでは、農作物の収量を増やしたり病気に強くしたりすることができるが、逆に成長を抑えることなども可能なのか?
答:植物成長ホルモンのオーキシンが生合成される主経路が解明されたことから(ついに植物ホルモン「オーキシン」生合成の主経路を解明 -農作物やバイオマスなどの増収研究に向けて大きな一歩-(理化学研究所)、Mashiguchi, et al. 2011)、この経路にかかわる遺伝子を組換えるか破壊すれば、理論的には成長は抑えられると考えられる。ちなみに、遺伝子組換え技術により形質を抑制した例はある。ジャガイモを高温で加熱すると生成される発がん性のアクリルアミドの生成量を抑制したジャガイモや(シンプロット社の組換えポテト 言葉の壁を乗り越えようやく食品安全承認(FOOCOM))、ピンク色の色素リコピンを黄色のベータカロテンに変換する酵素の働きを抑え、果肉をピンク色にしたパイナップルが米国で実用化されている(遺伝子組換え作物ですが、ピンクパイナップルはいかが?(薬理学などなどなど))。
問:遺伝子組換え食品が身体によくないと耳にしたことがあるが、それはなぜか?
答:かつて科学的信憑性に乏しいことから取り下げられた論文でネズミの発癌性との関連性が報告されたことが影響している可能性がある。遺伝子組み換え作物は20年以上食品や飼料として利用され、その長期的な摂取と人や家畜への健康影響の関連性は様々な研究により調べられてきたが、因果関係は認められていない(安全性についての誤解(バイテク情報普及会))。また、組換え遺伝子により生成されるタンパク質がアレルギーを起こす可能性が指摘されていた。しかし、実用化に当たってはアレルギーをはじめ多くの項目ついて厳重なチェックが行われており、少しでも安全性に疑いのある場合は開発が中止されている(遺伝子組換え食品Q&A(厚生労働省医薬食品局食品安全部))。
参考文献
国立科学博物館編 2014. 菌類のふしぎ―形とはたらきの驚異の多様性(第2版).東海大学出版会,秦野,pp.170~176.