雑草の寄生菌は除草剤になる

 野生植物が作物病原菌の伝染源になるという前回の話に関連して、雑草を病原菌で制御する試みについて紹介したいと思います。海外では1960年代から植物病原微生物が雑草の制御に利用されてきました(表;郷原,1998)。初期のころはさび病菌などの感染力が強く宿主特異性の高い菌類が海外から導入されて成功を収めました。そういった古典的な取り組みが始まって間もなくレイチェル・カーソンの『沈黙の春(Silent spring)』(1962)が出版され、化学農薬の環境に対する悪影響が広く世に知れ渡ることになりました。これを機に化学農薬の代替手段の一つとして、雑草の抑制に有効な菌類や細菌を増殖・製剤化したいわゆる微生物除草剤が開発され、1980年代から利用されてきました。中でも炭疽病菌の3分化型(forma specialis:ある植物種にのみ寄生する菌類の種内群;f. sp.と略記;表参照)がそれぞれの宿主雑草の制御に利用されたことは注目に値します。国内でも日本たばこがスズメノカタビラを特異的に侵す細菌の1病原型(pathovar:ある植物種にのみ病原性を発揮する細菌の種内群;pv.と略記)であるXanthomonus campestris pv. poaeを製剤化してゴルフ場の雑草防除に実用化しました。最近では、日本人研究者が英国に侵入したイタドリを選択的に枯らす日本産病原糸状菌Mycosphaerella polygoni-cuspidatiの除草効果や安全性について研究しています(Kurose et al. 2015, 2016; Kurose 2016)。これはより環境負荷の低い古典的な雑草制御の部類になります。

強害雑草ギシギシの病原菌を利用する試み -うどんこ病菌-
 1990年代後半、筆者は旧四国農業試験場(現西日本農業研究センター)で微生物除草剤の開発を試みました。旧四国農試では傾斜地農業研究を展開しており、大麻山地区で肉牛の傾斜地放牧を行っていました。現地に行ってみると強害雑草のギシギシ(Rumex japonicus)がたくさん生えており、牛は食べていませんでした。調べた範囲では有効な除草方法がなかったため、これを対象とすることにしました。まず、候補菌を得るため主に西日本各地で病斑のあるギシギシを集め、かたっぱしから糸状菌を分離・同定しました。その結果、50菌株以上が得られ、少なくとも15種が同定されました。そのうち微生物除草剤として使えそうなうどんこ病菌、炭疽病菌(Colletotrichum fioriniae)、灰色かび病菌(Botrytis cinerea)、Fusarium属およびRhizoctonia属菌、菌核病菌(Sclerotinia属菌)など13種をギシギシに接種して病原性を調べました。その結果、明らかな病原性が認められたのはうどんこ病菌だけでした。ガラス室内で接種すると約1か月後に地上部が枯死する場合もありました。次にこのうどんこ病菌を野外のギシギシに接種して除草効果を評価しました。ギシギシの多数自生している試験場内の空き地に感染した数個体を移植した結果、まん延は比較的早く、春~秋では1か月ぐらいでテニスコート一面程度の試験区画に感染が広がり、1個体の半数以上の葉が真っ白になり、2ヵ月後までに地上部が枯れる個体もありました。
 一方、ガラス室でミツバチによる接種試験を試みました。これは風で受動的に分散するうどんこ病菌の分生子を積極的にまん延させるための予備実験でした。感染個体の鉢に蜂蜜の入ったディスポスポイトを逆さに立てて造花の花弁を付け、近くに授粉用ミツバチの巣箱を設置し、また、感染葉の上にも数滴ずつ蜂蜜をたらしました。結果は分生子振りかけ接種や野外試験より発病程度は低いものの、健全個体に発病が認められました。うどんこ病菌は一旦発病すると感染力が強く周囲の個体にまん延しやすいのですが、人工培養できないという欠点があるため、うどんこ病菌による試験はここで切り上げました(次回につづく)。

表 微生物による除草に成功した事例と農薬登録された微生物除草剤(郷原(1998)の表-1を改変・拡充)

引用文献

郷原雅敏.1998. 生物除草剤の現状と展望.植物防疫 52: 429–231.

Kurose, D., Furuya, N., Seier, M. K., Djeddour, D. H., Evans, H.C., Matsushita, Y., et al. 2015. Factors affecting the efficacy of the leaf-spot fungus Mycosphaerella polygoni-cuspidati (Ascomycota): a potential classical biological control agent of the invasive alien weed Fallopia japonica (Polygonaceae) in the UK. Biol. Control 85: 1–11.

Kurose, D., Furuya, N., Saeki, T., Tsuchiya, K., Tsushima, S., Seier, M.K. 2016. Species-Specific Detection of Mycosphaerella polygoni-cuspidati as a Biological Control Agent for Fallopia japonica by PCR Assay. Mol. Biotechnol. 58: 626-633.

Kurose, D. 2016. Studies on biological control of an invasive alien weed using plant pathogenic fungi. J. Gen. Plant Pathol. 82: 338-339.