内生的ライフスタイルを持つ炭疽病菌

 10年ほど前までの教科書には植物病原菌の生活様式による類別として、絶対寄生菌(さび病菌、べと病菌、うどんこ病菌、白さび病菌など)、条件的腐生菌(黒穂病菌、もち病菌、疫病菌など)、条件的寄生菌(ナシ黒斑病菌、カンキツ青かび病菌など)、殺生菌(ごま葉枯病菌など)、病原菌以外の腐生菌が載っています。炭疽病菌は通常生きた植物上で生活していますが、腐生的生活(人工培養)も可能な条件的腐生菌とされてきました(白石ら,2012)。しかし、近年これらの生活様式は菌種に固定したものではなく、1種の病原菌でも生活環の各期(宿主への感染・潜伏・定着・病徴発現など)において変動しうることが分かってきました。そこで、内生的(endophytic)、生体栄養的(biotrophic)、休止(静止または潜在)的(quiescent, latent)、殺生的(necrotrophic)という生活様式(life style)を設定し、生活環の各期をそれらの状態で表すようになりました。条件的腐生菌の多くは宿主の遺伝的特性、生理・生化学的状態や環境条件により不可逆的にそれらすべてあるいは休止期以外のライフスタイルに移行して生活環を全うしています。多くの炭疽病菌は感染成立時の生体栄養期を経た後殺生期に移行して病徴を現すことから、最近では半生体栄養性(hemibiotrophic)に類別されています(白石ら,2012)。その詳細は最新の総説やその引用文献をご覧頂くことにして(Jayawardena et al., 2021)、これまで見過ごされてきた内生生育期を持つ炭疽病菌の重要性について見ていきたいと思います。

表1.国内の内生生育期を持つ炭疽病菌とその宿主

Jayawardena et al.(2021)は約250種のColletotorichum属菌のうち少なくとも42種(約17%)が内生的なライフスタイルを持っていると紹介しています。そのうち13種が国内で確認されており、多くの重要作物に炭疽病を起こすC. fioriniaeC. fructicolaが含まれています(表1)。炭疽病菌ではお馴染みの両多犯性種が内生的な一面を持っているとは意外かもしれませんが、それを示す証拠があります。農業生物資源ジーンバンクに保存されているC. fioriniaeの菌株でブナの葉由来のMAFF 410888 とシラカシの葉由来のMAFF 245899は、いずれも厳密に表面殺菌した健全葉から分離されています。炭疽病菌の中には付着器で休止状態になる種もありますが、もし葉上に付着器があっても70%エタノールに2回浸漬の上1%有効塩素濃度の次亜塩素酸ナトリウム溶液で殺菌されて死滅したと考えられます(Kaneko and Kakishima, 2001)。したがって、それらの菌株分離源は病徴を起こさずに葉の中に潜んでいたことが明らかです。かつて筆者も屋久島の森林管理署からサクラツツジがほうき状に叢生する「てんぐ巣症状」の原因調査を依頼され(図1,2)、膨れた枝(図3)と葉の両方からC. fioriniaeを分離したことがありました(MAFF 240250, MAFF 240251)。枝の内部には壊死が見られず(図4)葉には赤い斑点がありましたが、やはり壊死は見られないことから内生的に定着していたと考えられます(図2)。このように、様々な樹木の葉に内生しているC. fioriniaeは葉の老化や落葉などに伴い殺生ライフスタイルに移行し、壊死斑を作って分生子を形成すると予想されます。近くに宿主となる作物があれば容易に伝染源となるでしょう。

図. サクラツツジのてんぐ巣症状.1. 外観,2.C. fioriniaeの分離された葉(赤い斑点に壊死は見られない),3.枝の肥大,4. C. fioriniaeの分離された肥大枝の縦断面(壊死は見られない).

 一方、C. fructicolaについては以前、罹病雑草がイチゴ炭疽病の伝染源となる可能性を取り上げましたが、その報告をもう少し詳しく紹介します。無病徴の6種の雑草から分離されたC. fructicolaの菌株は、すべてイチゴに病原性を示したとのことです。また、イチゴから分離されたC. fructicolaの菌株を接種したイヌビエは小斑点を生じ、メヒシバとノゲシは無病徴でした。これらに除草剤を処理したところ、3種植物で無処理区よりはるかに大量の分生子が形成され分生子層も観察されたと報告しています(Hirayama et al., 2018)。したがって、同菌は3種の雑草に内生的に定着して栄養を蓄えており、除草剤処理で早められた宿主の枯死前に殺生期に移行し分生子を形成できたと推測されます。なお、イチゴ圃場周辺から採集された雑草の中で最もC. fructicolaの分離率の高かったイヌビエは、同菌との親和性が高いと考えられますが、その接種により小褐斑を生じることから他の雑草より内生期が短いと推定されます。上記の多犯性炭疽病菌C. fioriniaeC. fructicolaの内生的ライフスタイルにより、宿主の作物や周辺植物が人知れず伝染源となりうる一例に過ぎません。圃場内だけで防除をしても炭疽病が収まらない場合は周囲の雑草や樹木にも注意を払う必要があるのではないでしょうか?

 ちなみに、農業生物資源ジーンバンクに保存されている菌株を見ると、ツルマメ,フサアカシヤ,アジサイから分離されたC. fructicolaが、また、スダジイ,キカラスウリ,サクラ類,タブノキ類,ツタ,タチシャリンバイ,ウツギ属植物,アラカシ,ノイバラ,ギシギシ,ハマナスなど様々な野生植物由来のC. fioriniaeがあります。それらの内生性や病原性を調べるとともに、今後健全野生植物から炭疽病菌を分離・収集することは、防除に有用な情報を得るために決して無駄ではないと考えています。

引用文献

Hirayama, Y., Asano, S., Okayama, K., Ohki, S. T., Tojo, M. 2018. Weeds as the potential inoculum source of Colletotrichum fructicola responsible for strawberry anthracnose in Nara, Japan. J. Gen. Plant Path. 84: 12–19.
Jayawardena R.S., Bhunjun C.S. Hyde K.D., Gentekaki E. and Itthayakorn P. 2021. Colletotrichum: lifestyles, biology, morpho-species, species complexes and accepted species. Mycosphere 12: 519–669.
Kaneko, R., Kakishima, M, 2001. Mycosphaerella buna sp. nov. with a Pseudocercospora anamorph isolated from the leaves of Japanese beech. Mycoscience 42: 59–66.
佐藤豊三・森脇丈治・佐藤衛.2023. 炭疽病の病原学名変更と病原追加.植物防疫 77: 76–85.
白石友紀・昭光和也・一ノ瀬勇規・寺岡徹・吉川信幸.2012. 新植物病理学概論.pp. 23–25.養賢堂,東京.