苦節20年のタダオ菌 ―PlectosphaerellaPlectosporium)属菌 その1―

 東京都から旧農水省農業環境技術研究所に移籍した際、前任者の稲葉忠興博士からカボチャのある病原菌の同定を引き継ぎました。すでに1986年、同博士らが新種Cephalosporiopsis cucurbitae Hamaya & Inabaによるカボチャ白斑病を口頭発表していました(図1A~C)。ところが、この学名には新種発表に必須のラテン記載文が備わっておらず無効名であった上、Cephalosporiopsis属は定義があいまいであり分類学的な再検討が必要でした。そこで、供試菌株FLS63(MAFF 238627)を調べたところ、通常の分生子柄の他に菌糸上の短い柄(アデロ型内出芽分生子柄)から中央一隔壁で小型の分生子を多数形成しており、いわゆるCephalosporiopsis属菌とも違うように思われました(図1D, E)。そうこうするうち、イネ眼斑病菌などの同定依頼が次々と舞い込んで、カボチャの菌は棚上げ状態になってしまいました。瞬く間に6年半が過ぎ、四国農業試験場に転勤となりました。そこでは四国4県の園芸作物病害を中心に仕事を進める傍ら、水田転作ダイズの立枯れの原因究明やイネ紋枯病などの殺菌剤効果試験に忙殺されました。さらに、場内異動した企画部門と労組書記長の業務に追われるうちいつしかカボチャ白斑病菌のことはほとんど記憶から消えていました。

図1.A~C.カボチャ白斑病の症状(稲葉忠興博士原図) ,A.葉柄の白斑と葉の枯死,B.若葉の病斑と縮れ,C.茎の白斑,D,E.カボチャ白斑病菌の形態,D.分生子柄と分生子,E.分生子柄先端の2細胞(まれに1細胞)分生子

 農環研時代からアメリカ植物病理学会APSの作物別病害解説シリーズの新刊が出るたびに購入していました。1996年、ウリ科作物の冊子(Compendium of Cucurbit Diseases)が刊行され(Zitter et al. 1996)、いつものように取り寄せました。カラー図版をめくっていると、3枚の写真に目が留まりました。すぐに稲葉博士が託された病徴写真を思い出し、これだと直感しました。図の説明には、「Microdochium blight」と書いてあり、本文に解説のある病原菌Microdochium tabacinum(有性世代:Monographella cucumerina, 異名:Plectosphaerella cucumerina)の形態は菌株FLS63にほぼ一致していました。この時点ですでに10年が経っていました。急いでカボチャなどに接種して病原性を再確認するとともに、異名を含め上記の学名を持つ菌の記載とFLS63との詳細な比較を行いました。その結果、同菌株は1995年無性世代に命名されたPlectosporium tabacinumと同定し、つくばに転勤した翌2000年に口頭発表しました。
 一方、1996年以降、香川県のラナンキュラスが株全体の萎れと根出葉の葉柄褐変を伴い生育不良となって枯れる病害が発生し、病原菌の同定を頼まれました(図2A, B)。香川県の接種試験では分離菌株は根に明らかな病原性があり、形態的には、カボチャ菌とほとんど見分けがつきませんでした(図2C, D)。この新病害は株枯病と名付け2002年の学会で発表することができました。当時、職場に導入したばかりのシークエンサーを用いて、両菌株のリボソームRNA遺伝子のITS領域(生物の種(群)を識別する際目安となるDNA領域)の塩基配列(シークエンス)を解読した結果、どちらもPo. tabacinumのITS領域と高い相同性が確認できました。病原菌が同じ種であったことから、稲葉博士や当時の関係者とともに一つの論文にまとめ、ようやく2005年に公表することができました(Sato et al., 2005)。結局、宿題の答えを出すのに20年かかってしまったことになります。それでも、APSの冊子に載った病徴写真に遭遇したこと、提唱されたばかりの無性世代名を採用できたこと、DNA解析で同定結果を確認できたことなど、幸運が重なったことは確かです。そして、菌株を保存しておき広く文献を集めていたことがその幸運を掴むのに役立ったと思い返しています。

図2.A,B.ラナンキュラス株枯病の症状(A:森充隆氏原図) ,A.根出葉柄の褐変腐敗と葉の萎れ,B.若葉の病斑と縮れおよび根の黒変腐敗,C,D.ラナンキュラス株枯病菌の形態,C.分生子柄と分生子,D.1~2細胞分生子(位相差顕微鏡像)


 余談ですが、Sato et al.(2005)の報告が出た後、稲葉博士はカボチャ白斑病公表前の裏話を明かされました。博士が植物病原菌分類の大家であるK先生にカボチャ白斑病菌の所属と取り扱いについて相談したところ、新種として発表してはどうかとアドバイスされ、学会でC. cucurbitaeを提案したとのことでした。K先生は完ぺきな分類同定より防除のためにいち早く研究成果を公表することが優先すると判断されたのでしょう。発表した新種が既知種であったとしても、正規の手続きにより学名を付け菌株や標本を残しておけば、後でいくらでも再同定できるからです。いずれにしても新病害の病原菌を手際よく的確に同定するには、相談する相手を選ぶ必要があります。相談相手に困った場合は植物病理学会の傘下にある植物病原菌類談話会の幹事に問い合わせるのがお勧めです。私に連絡頂いても取り次ぎます。
 蛇足ながら、稲葉忠興博士から引き継いだ菌を筆者はひそかに「タダオ菌」と呼んでいます。博士のお名前にちなんだのはもちろん、転んでも「ただでは起きん」という菌学者の不屈の精神を忘れないためです。

引用文献
Sato, T., Inaba, T., Mori, M., Watanabe, K., Tomioka, K. and Hamaya, E. 2005. Plectosporium blight of pumpkin and ranunculus caused by Plectosporium tabacinum. J. Gen. Plant Pathol. 71: 127–132.
Zitter, T. A., Hopkins, D. L. and Thomas, C. E. (ed) 1996. Compendium of Cucurbit Diseases. APS Press, St. Paul, 87pp.