隠し子続出の?Lasiodiplodia属菌

 Lasiodiplodia属菌と出会ったのは、1980年代後半、小笠原諸島のインドゴムノキ枝枯病でした(図1A-C)。以来、同諸島のマンゴー、パッションフルーツ、オレンジ、カカオ、バナナ、パイナップルなどの果樹類、ハイビスカスなどの観賞植物、ウラジロエノキなどの野生植物から分離してきました。沖縄でもモロヘイヤ、タコノキ、ナンヨウアブラギリ(石垣島)などから、種子島ではシャクヤクなどからも分離しました。このうち、国内初発生病害のモロヘイヤ黒枯病を論文で報告しました(Sato et al., 2008)。2004年以前に分離した菌株は、その無色単細胞の未熟分生子と褐色2細胞の成熟分生子(図1D)などの特徴によりほぼ全てL. theobromae(=Botryodiplodia theobromae)と同定してきました。それは、2004年以前、約500もの宿主を侵すこの種が同属を代表すると考えられてきたからでした(Punithalingam, 1980)。この属では1896年Lasiodiplodia tubericolaが最初に報告されましたが、現在、L. thomasianaeの異名とされています。次いで1907年Lasiodiplodia nigraが発表され、それから1956年までこの属には8種しか報告されていませんでした。しかし、2004年以降分子系統解析により形態的には見分けのつきにくい隠ぺい種が77種も明らかにされたのです。言わばこの20年足らずで隠し子が続々と見つかったことになります。しかもこの数はさらに増えそうなのです(Hattori et al., 2023, 石橋ら, 2019 p.228)。生涯で1~2千人の子供をもうけたと言われるチンギス・ハンには及ばずともその子分並ではないでしょうか?
 話を戻します。少なくとも42種は熱帯・亜熱帯性で、ほとんどが植物病原性ですが(Index Fungorum)、つい最近、L. endophyticaなどの内生性の種や植物病原性でも内生的ライフスタイルを持つ種も分かってきました(de Silva et al., 2019)。1909年の登場以来多くの分身を隠していたL. theobromaeは、以前から26もの異名を持っています。その中にはかつて通用していた Botryodiplodia theobromae(1892年)、有性世代名 Botryosphaeria rhodina(1970年)が含まれています(現在ではL. theobromae に統一;Index Fungorum)。日本植物病名目録には、48病害の病原菌としてこれらの異名も載っています。そのうち半数はHattori et al., 2023が6種に再同定しましたが、残りの24病害では B. theobromaeのままとなっています。今後、L. brasiliensisL. thailandicaなどに再同定されたマンゴー軸腐病菌のように、それらのほとんどは他の種に再同定されると考えられます。というのも、今のところ国内では狭義のL. theobromaeはマンゴーとカカオ以外からは分離されていないからです(Hattori et al., 2023)。

図1.A, B. ゴムノキ枝枯病, B.罹病部横断面,C. ゴムノキ枯枝上分生子角,D. ゴレンシ果実上分生子,E. パパイア軸腐病菌分生子角,F. マンゴー軸腐病菌の分生子.

 Lasiodiplodia属菌は主に熱帯・亜熱帯の木本、多年草を侵し、その内部で潜在・越冬すると考えられます。まれに1年草にも発生しますが、国内では亜熱帯・暖帯で周りに木本、多年草の伝染源があることがほとんどです。例えば、千葉県では1950年代から1年草のラッカセイで発生し、最近では多年草のヒメツルニチニチソウやイチゴでも発生し互いに伝染源になっている可能性があります(明日山・山中, 1953, 上井ら, 1989 p.120, 酒井ら,1990 p.149, 植松ら, 2015 p. 213)。冒頭で述べたように、Lasiodiplodia属菌は国内では沖縄県や小笠原諸島など亜熱帯地域が分布の中心です。ただ、千葉県館山市で発生したイチゴ黒腐病菌をはじめとして、福岡県行橋市のイチジク、和歌山和歌山市のバラ園芸品種、栃木県足利市のキングサリ由来菌株などのように、近年分布が北に広がりつつあります。一方、茨城県つくば市の温室で栽培されていたパパイア、東京都中央区の輸入ケツルアズキ(ブラックマッペ)および世田谷区のバナナは宿主の由来を考慮すると、海外か国内の亜熱帯地域から持ち込まれたたものと考えられます。本属菌は2タイプの分生子を作るのが特徴と説明しましたが、無色1細胞分生子は発芽力があり未熟とは言い難いことも事実です。他方の有色2細胞分生子にはおそらく壁にメラニン色素が沈着して紫外線耐性があると考えられます。分生子殻の孔口から噴出してきた分生子角は最初無色ですが、間もなく着色して実体顕微鏡で見ると黒くなります(図1E)。2細胞分生子のもう一つの特徴はウリ坊のような明色の縦縞模様です。これは褐色の胞子壁の表面が長軸に沿って割れたように見えますが、走査電顕で観察すると盛り上がった稜線になっています(Punithalingam, 1980)。ということは、比較的厚壁の1細胞から2細胞になる際、有色部の壁がやや薄くなるのに対し縦筋の透明部が元の壁厚で残るのはないでしょうか(図1F, 2)。

図2. Lasiodiplodia属菌の分生子の縦縞模様の構造,A. 無色分生子横断面, B. 同褐色・2細胞分生子横断面,C. Bの側面図.

 沖縄では大型蝶オオゴマダラとその幼虫が食草としているホウライカガミからL. hormozganensisが分離されています(Nago and Matsumoto, 1994, Hattori et al., 2023)。たまたまオオゴマダラから分離されたのか、あるいはこの蝶が恒常的に同菌を媒介しているのか、調べてみたいものです。
 一方、Lasiodiplodia属の未知種が小笠原諸島父島の淡水から分離されています(Sato et al., 2010, Hattori et al., 2023)。父島では同じ未知種がパッションフルーツ、スイートオレンジ、オオハマオモトだけでなく、ネコノシタといった野草からも分離されており、同島ではこの菌の密度がかなり高いことが推測されます(Hattori et al., 2023)。
 つい最近、rDNA ITS領域、tef1(トランスレーション・エロンゲーションファクター1)、tub2(βチューブリン2)、rpb2(RNA ポリメラーゼ II サブユニット B)の各遺伝子を用いた最新の分子系統解析により国内産の主な宿主由来の30菌株が6種(L. brasiliensis, L. hormozganensis, L. pseudotheobromae, L. thailandica, L. theobromae, Lasiodiplodia sp.1)に同定・再同定されました。そのうち、L. brasiliensis, L. pseudotheobromae, L. thailandicaは国内分布初確認の種でした(Hattori et al., 2023, )。内訳は以下の通りです。亜熱帯(与論・沖縄本島・宮古島・石垣島・小笠原母島)産の多様な宿主から分離されたL. hormozganensisが10菌株で最も多く、次いで、小笠原父島、栃木県や八丈島、沖縄本島産の多様な宿主から分離された未知種のLasiodiplodia sp.1の8菌株でした。その後に、宮古島産およびフィリピン産輸入マンゴー、父島産のカカオから分離された狭義のL. theobromaeの5菌株、茨城県産パパイア、母島産バンレイシ、母島・フィリピン産輸入マンゴーから分離されたL. brasiliensisの4菌株、宮古島産マンゴー、父島産セイロンベンケイから分離されたL. thailandicaの2菌株、和歌山産のバラ園芸種由来のL. pseudotheobromae 1種が続きます。この中には農業生物資源ジーンバンクの菌株が24菌株も含まれていますが、他に同属菌が約80菌株あり、最新の分子系統解析による再同定が必要です。そうすることにより、上でも触れたように、新たな隠し子が見つかるかもしれません。
 前出のチンギス・ハンは后妃5人や地方の妃など30名の他に約500人の妻妾をめとり、大勢の子をもうけました。現在その子孫は1,600万人に上ると見積もられています(血縁者は1600万人?チンギス・ハンの子孫とその功績を解説(Rekisiru)。一方、L. theobromaeはその異名や隠ぺい種も含め、約500の宿主(妻?)に寄生し、おそらく100種前後の仲間とともに熱帯・亜熱帯に君臨しているとも言えそうです。

引用文献

Punithalingam E. 1980. Plant diseases attributed to Botryodiplodia theobromae Pat. Bibliotheca Mycologica Band 71 J. Cramer, Gantner Verlag 113p.