前回に引き続き、微生物学概論の講義で受けた質問と回答を紹介します。
問:日本、中国、ベトナムの醤油は風味が異なるが、製法が違うのか?
答:中国の塩味の効いた色の薄い生抽には酵母エキスが入っており、カラメルを加えてとろみを加えた老抽にはフクロタケエキスが含まれる(醤油情報ナビ)。ベトナムのヌック・トゥーンの味は甘めで、材料は日本の醤油とほぼ同じ(大豆とともにピーナツも使用)だが、小型のカメを使うなど製法や発酵微生物がやや異なると思われる。
問:ビールを作る際、ホップを加えないとどうなるのか?
答:ホップはビールに苦み(ビタリングホップ)とさわやかな香り(アロマホップ)を与え、泡立ちを良くするとともに、雑菌の繁殖を抑えビールの保存性を高める(日本産ホップ推進委員会)。これらの特徴がなくなり、ビールとは言えないただの発酵麦汁になるのでは?
問:近年、ワイン酵母を使った焼酎があるが(SAKERUI by STOCK LAB)、このように本来使用しない酵母を使って様々な酒を造ることは可能か?
答:アルコール生産性・アルコール耐性など少しずつ特性は異なるが、ワイン酵母も焼酎用の酵母と同じくエタノール発酵酵母(Saccharomyces属菌)である。単糖などを含む原料を利用してエタノール発酵ができる酵母であれば、製品の品質はともかく理論的には専用酵母を使わなくても多様な酒を造ることは可能。なお、焼酎のようなスピリッツ類では、アルコール発酵後に蒸留工程が必須となる。
問:地球温暖化の原因になっている微生物は何か?
答:好気性微生物は酸素を利用して二酸化炭素を出すものがほとんどであることから、温暖化に関わっている。それよりも、二酸化炭素の25倍の温室効果を持つメタンを生産する細菌として、水田、沼地、海底に生息するメタン生成細菌や牛のルーメン(第1胃)に共生しているメタン発生古細菌が地球温暖化に大きく影響している(SDGs CONNECT)。農業では牛のルーメン発酵による排出量が3/4以上を占めているほか、家畜排泄物の管理においても18%発生しており、畜産業で全体の95%以上にのぼる。水田の表面付近にはメタン分解細菌がいることもあり、水田からの発生は4%弱に過ぎない。
問:生息場所に適した形態の細菌はいるか?
答:細菌は基本的に単細胞で細胞当たりの表面積が広いため、栄養分や老廃物など物質の出し入れの効率が高く全般的に水溶液中での生活に適している。また、鞭毛を持つものは栄養分の多い方に近づく、あるいは忌避物質や有毒物質から回避するといった水溶液中での移動を容易にしている。生息場所に適した形態の例としては、らせん菌は昆虫の共生原生生物の表面に多数付着し同調した波うち運動でその原生生物を動かしている(木原久美子ほか.2014)。
問:なぜ土の中に微生物が多いのか?
答:例えば、畑土の中には作物や雑草など由来の有機物(栄養源)が多く、温・湿度も適度に保たれているため、特に従属栄養微生物が多様で密度も高い(ヤンマー)。
問:球菌・双球菌・四連球菌などはどのようにしてできるのか?
答:単細胞の球菌は分裂後の接着性が低く2細胞が分離してしまうものである。2回目以降の分裂面の方向が1回目と同じで接着性が高いとレンサ球菌になり、接着性が弱いと双球菌になる。3回目の分裂面が90度回転し2方向(x-y方向)、かつ接着性が高いと4連球菌になる。ちなみに、分裂面が3方向(x-y-z方向)の場合や、分離が遅いものは8連球菌になる。また、2回目以降の分裂面が不規則な場合や、4連あるいは8連球菌と同様に直交する分裂面を持ち、なおかつ分裂後の分離が不規則になるとブドウ球菌となる(Wikipedia)。
問:電子レンジで滅菌できるか?
答:細菌・真菌など特に細胞性の微生物だけを電子レンジにかければ、生体分子中の水分子の運動が活発になり、蒸発、脱水、炭化し死滅する(日本電機工業会)。なお、食品(有機物)中の菌の場合、完全に滅菌できても食品も脱水、炭化されるため、硬くなったり炭化したりする。
問:微生物による作物の病気は他の微生物により治せるか?
答:一般に病気になった植物は治療しがたいが、拮抗微生物などを利用したいわゆる微生物防除剤(生物農薬)により予防はできる。例えば、主に枯草菌から成るバチルス・ズブチリス水和剤は植物体表面を被い灰色かび病(図1)などから作物を保護する(クミアイ化学工業)。
図1.トマトトマト灰色かび病(左:葉、右:未熟果)
問:ワクチン抵抗性ウイルス系統は薬剤感受性ウイルス系統と同じ種なのか? 両系統は現存するか?
答:例えば、国内のインフルエンザウイルスでは現在も1~10%程度、治療薬抵抗性・耐性ウイルス系統が出現している(厚生労働省)。一方、インフルエンザウイルスA, B, C, D型のように、同じ種のウイルスでも型(系統)により1種類のワクチンでは効かないものがあり、ワクチン接種をしない人がいることから、薬剤耐性とワクチン抵抗性の両系統とも現存している。なお、インフルエンザウイルスに限っていえば、4型のうち A 型は広く鳥類および哺乳類を発病させるため、それらの宿主が絶滅しない限り存在し続ける(小川晴子,2020)。
問:時速90kmで胞子を飛ばすカビが報告されているが、なぜそんなに早く飛ばすのか?
答:多くの盤菌類が子のうから子のう胞子を機関銃のように飛ばすのは、子孫をできるだけ遠くへ飛散させるため(菌核病菌の子のう盤上に並ぶ子のうから放出された子のう胞子群(ACIS))。その能力を進化させた菌類が効率的に分散できたため生き残ったとも言える。
問:カビは何年前から存在していたのか?
答:一説では真核生物が陸上に進出する前の7億年以上前と言われている(ナショナルジオグラフィック日本語版)。また、2017年、一部の現生真菌類の構造に類似した特徴を示すされる24億年前の化石が報告された(Nature ecology & Evolution日本語版)。系統樹では10億年前に動物と菌類が分岐したという定説を考慮すると(日本植物病理学会,2019)、7億年以上前の方が有力と思われる。
問:カビなどが胞子を飛ばせる距離は決まっているか? 雨や湿気が多いと飛びにくいか?
答:胞子の大きさや形、射出や強制的放出機構の有無は種によって異なり、風などの環境条件に影響を受けるため飛散距離は様々。例えば、中国大陸から黄砂とともに飛んでくるコムギ黄さび病菌夏胞子は数千km(島根県)、コムギ黒さび病菌夏胞子は1,700 km(白石ら,2012)。雨の時は水媒性の胞子が雨滴のしぶきとともに短距離飛ぶ。空中湿度が高いときや降雨時は、盤菌類などの子のうの内圧が高まって子のう胞子が強制的に打ち出され(図2)、また、担子胞子が結露して射出が促進され(図3)遠くに飛びやすい(Wikipedia)。
図2.2胞子を含む盤菌類の子のう
図3.もち病菌の担子器と担子胞子(埋橋志穂美氏原図)
問:度数90%以上の酒を飲んだら腸などの菌は死ぬか?
答:国内では「どなん国泉泡盛合名会社」がアルコール含有率60%の泡盛を販売しているが、90%以上のスピリッツはない。海外ではポルモス・ワルシャワ社が70回以上の蒸留を繰り返しアルコール含有率96%のウォッカ「スピリタス」を製造している(kitanosaketen)。アルコールは主に胃で吸収されるが、ストレートで飲んだ場合まず食道と胃の粘膜が傷むし、一気に飲むなどすると腸内微生物が変化する前に急性アルコール中毒になり命に係わる。ちなみに、ポーランドの家庭ではスピリタスに薬草や野生果実を漬けてフレーバードウォッカとして楽しんでいるという。そうすることでアルコール含有率は下がり、少しずつ飲むため腸内微生物にはほとんど影響しないと考えられる。
問:本みりんとみりん風調味料の製造工程の違いは何か?
答:本みりんは醸造(原料:もち米、米麹、醸造アルコール)により40~60日熟成し、多様な糖類やアミノ酸などのうまみ成分が含まれるとともに、清酒並みにアルコールを約14%含む。みりん風調味料は糖類(水あめ)、米麹、醸造酢、うまみ調味料などをブレンドしたものでアルコール含有率は1%未満(ファイナンシャルフィールド)。ちなみに、アルコール含量の高い本みりんは酒類に分類され、10%の消費税の他1リットルあたり20円の酒税が掛かっているのに対し、みりん風調味料は8%の消費税のみが掛かっている。
問:日本酒のアルコール含量はなぜ20%以上にならないのか?
答:以前は清酒酵母のアルコール耐性が高く20%近いアルコールを含むもろみの中で発酵できるからと考えられていた。しかし、実際には清酒酵母のストレス耐性は野生株より低く、それが高濃度のアルコールを作り出す仕組みであると明らかにされた(酒類総合研究所.2011)。野生株は環境が増殖に適さなくなると(アルコール濃度が高くなりすぎると)ストレス応答遺伝子が働いて増殖を止め休眠(=発酵を止めて)してしまうが、清酒酵母はその遺伝子が発現せず発酵を続ける。ストレス応答遺伝子の不活化は増殖や生存を危うくするが、清酒酵母はもろみを捨て身で発酵するように特化(進化)した特殊な酵母と言える。このような清酒酵母でも、20%以上のアルコール中では増えなくなり発酵が停止するためアルコール度数も頭打ちになる。ちなみに、こうじ菌がデンプンから作り出す潤沢な単糖を清酒酵母が引き続きアルコールに変換すること(並行複発酵)により製造される清酒(日本酒)は、醸造酒の中ではアルコール含有率が最も高いものの一つ。
問:中垣俊之氏は菌の研究で2度イグノーベル賞を受賞したが、なぜノーベル賞が受賞できないのか?
答:イグノーベル賞は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられる。中垣氏の研究は、真正粘菌の一種モジホコリに迷路の最短脱出経路を解く能力があり、それを利用して最適な鉄道網などを設計するというものである。単細胞の粘菌があたかも頭脳や意思を持つかのような高度な行動をとることを明らかにして、人々に微生物の能力について考えさせたが(リケラボ)、まだ人類の福祉・文化に貢献した実績がないからでは?
問:メキシコで食用にされているトウモロコシ黒穂病の罹病子実「ウイトラコーチェ」にあるとされるペニシリン類似の効果は本当か? 調理法により効果は変わらないのか?
答:トウモロコシ黒穂病菌は ウスチラグ酸(ustilagic acid)という抗生物質を生産し他のカビや酵母の生育・活動を阻害するが(en.Wikipedia、J-GLOBAL)、抗細菌性のペニシリンとは阻害対象が異なる。この抗生物質は水酸化パルミチン酸から成る脂質+セロビオース(糖脂質)の生物界面活性剤(天然洗剤)である。熱耐性などは分からないため、加熱調理で無効になるかは不明。
問:無菌室はどのように作るのか? どのように無菌であることを確認するのか?
答:全方位(前方の一部は出入り可能の密閉扉)を隙間なく壁で囲った空間の内側を70%エタノールなどの消毒剤で十分に滅菌し、使用時のみ消灯する紫外線ランプを常時点灯し無菌フィルターを通した空気を送り込む。このような無菌室内で新しい培地の入ったシャーレの蓋を開けて数時間置き、微生物が生えなければほぼ無菌状態。なお、より完ぺきな無菌状態を求めるなら、専門メーカーの安全キャビネットを利用する(アイオン)。
問:植物ウイルスの始祖はどんなものか?
答:植物ウイルスゲノムは細胞の中にあるメッセンジャーRNA(mRNA)と構造が酷似していることから、細胞ゲノムの一部が細胞を脱出し、自己複製と外部環境の変化に応じて自らを保護するために外皮タンパク質を得て、植物ウイルスが誕生したという「細胞脱出説」がある。その他、「細胞退化説」や「独立起源説」がある(東亜日報)。
問:植物ウイルスは媒介昆虫の生活に影響しないのか?
答:昆虫媒介性植物ウイルスは自身の感染拡大のため媒介昆虫の宿主選好性を操作している(餌とする植物の好みを決めている)ことが分かっている(KAKEN)。また、昆虫体内増殖型のウイルスにはイネ萎縮ウイルス、ジャガイモ黄萎ウイルス、トマト黄化えそウイルス、イネ縞葉枯ウイルスなどがあるが、産卵数の減少や寿命の短縮がわずかに認められる。イネ縞葉枯ウイルスの媒介昆虫であるヒメトビウンカでは、同ウイルスと共生細菌スピロプラズマが同居すると生涯産卵数が減るが、それらの微生物に共生細菌ボルバキアが加わると産卵数の減少が緩和される(KAKEN)。ちなみに、イネ萎縮ウイルスなどのレオウイルス科植物ウイルスは、元々ウンカ・ヨコバイなどの昆虫ウイルスであったが、植物にも感染性を獲得したという説がある(笹谷孝英.2014)。
参考文献
日本植物病理学会.2019. 植物たちの戦争 ―病原体との5億年サバイバルレース-.194~199.講談社,東京.
小川晴子.2020.人獣共通感染症としてのインフルエンザ.日農医誌,68( 6),713~715.
酒類総合研究所.2011.NRIB.19.
笹谷孝英.2014.植物に感染するレオウイルス.ウイルス.64(2),213-224.
白石友紀・昭光和也・一ノ瀬勇規・寺岡徹・吉川信幸.2012. 新植物病理学概論.197~199.養賢堂,東京.