己を知り学生を知らば百答危うからず(その7)に引き続き、新潟食料農業大学の微生物学概論の講義で受けた質問と回答を紹介します。
問:遺伝子組換えを利用した育種は極めて計画的な育種が可能と言われるが、デメリットや適用できない種はあるのか?
答:デメリットは、特に国内では安全性の確認と承認に多くの労力・年月と多額の費用がかかることと、今のところ国内では遺伝子組換えに対して一般市民の理解が得られにくく社会的に人気がないことが挙げられる(遺伝子組み換え作物の開発:バイテク情報普及会)。人気がない背景には、遺伝子組換えに関する偏った情報から生じる危険性の誤解がある。その様々な誤解は科学的にはっきりと否定され、厳しい規制により安全性が確保されている(遺伝子組換え作物とは本当に危険なのか?事実と誤解、食品への影響:農ledge)。現在、国内では食用の組換え体植物は栽培されていないが、ダイズなどの組換え体食品は大量に輸入されている。組換え体を使った製品にはその旨が表示されており、不安がぬぐえない場合、各自の判断で利用の選択ができるようになっている。
遺伝子組換えはベクター・形質転換系ができていない作物種には適用できない。
問:微生物はまだ発見されていないものが多いと思うが、もし新たに見つかって技術が発展したら、今までにない商品等は出てくる可能性はあるか?
答:発見された微生物はわずか数%で、まだ知られていないものは1千万種以上あると言われている。好アルカリ性細菌のセルロース分解酵素を洗濯洗剤に利用して業界の常識を変えたように、今後も想定外の機能を持つ微生物が見つかり、利用される余地は十分ある。例えば、極限環境微生物の様々な遺伝的耐性を利用、制御すれば、低コストでの有害廃棄物浄化や汚染の低減、また、優れた医薬品の開発などが可能になると期待されている。(バイオ企業に商業利用される『極限環境微生物』は誰のもの?:WIRED)。
問:Gibberella fujikuroi(図1)から見つかったジベレリンを処理し種無しになったブドウ品種は巨峰、シャインマスカットなどが多い。しかし、他の品種の種無しはあまりないのはなぜか? ジベレリン処理したブドウの品質は処理されていないブドウと違いはあるか?
図1.ジベレリン発見の基となったGibberella (Fusarium) fujikuroi.左:連鎖状に形成された小分生子、右:小分生子と大分生子.
答:岡山県では黒色系ぶどう品種、ニューピオーネ、オーロラブラック、紫苑(しえん)、青色系ぶどう品種、瀬戸ジャイアンツ、マスカット・オブ・アレキサンドリア、桃太郎ぶどうがジベレリン処理により種無しぶどうとして作られている(種なしぶどうを作るジベレリン処理の解説や使い方:アメイジンググレープ)。また、以前からデラウエアなど他にも種無しにできる在来品種はある。品種によりジベレリンに対する感受性が異なることや手間(コスト)がかかるため、高級品種や同じ品種でも高く売れる促成栽培に限られる。種無しブドウは軸と果実を繋げている種子がなくなるため軸から外れやすくなる、つまり脱粒(軸から実がとれる)しやすくなるというデメリットがある(種なしぶとうの脱粒(だつりゅう)のお話:フルーツ通販ドットコム)。脱粒性は味には影響しないが、商品価値の低下を招くため、収穫から包装・運搬・取り扱いに細心の注意が払われている。
問:ジベレリン処理でさくらんぼ(オウトウ)は種無しにできるのか?
答:ブドウ以外では柑橘類、かき、ビワへの適用例はあるが、サクランボのような核果類では木質の殻を柔組織化するのが困難なことから成功例がない(サクランボは単位結果が可能か?:日本植物整理学会「みんなのひろば 植物Q&A」)。
問:微生物は工業や建設の場面で使われるのか?
答:化学原料の発酵・酵素工業や遺伝子組換え体を用いた医薬品製造で盛んに使われていることはよく知られている。建設では微細藻類の珪藻類の死骸である珪藻土の利用例がある。例えば、ニトログリセリンを珪藻土に吸収させたダイナマイトがかつて利用された。また、近年では耐火性と断熱性に優れているため壁土などの建材や保温材としても使われている。その他、濾過助剤として食品工業をはじめ多くの産業でも使用されている。(珪藻土について:NCDU)。さらに最近、自然界の土壌に広く存在するジオバクター菌やシュワネラ菌などの微生物による発電の実用化が進められており、農業のみならず工業などでも利用が期待される(微生物で発電、実用化めざす 四電が愛媛のミカン園で実証実験:朝日新聞デジタル版)
問:ジベレリンのように植物病原菌から見つかった成分で農業に実用化されているものはほかにあるか?
答:植物の遺伝子組換え体を作る際、根頭癌腫病菌Rhizobium radiobacter (Ti) のT-DNAの両端にある25塩基対のヌクレオチドRB (right border:右境界配列)とLB(left border:左境界配列)が使われている。これらを両端にして有用遺伝子をはさみ植物染色体に組み込むことにより形質転換体が創出できる([遺伝子組換え]アグロバクテリウム法を解説!:生物系大学生の生存戦略)。例えば、海外では除草剤耐性作物などが作出され、輸入農産物の半分は遺伝子組換え体となっている。国内ではペチュニアの青い花の色素遺伝子を組み込んだ青花のカーネーションやパンジーの青色色素遺伝子を組み込んだ青花のバラなどの例がある(珍しい青い花、青いバラ・カーネーション・シクラメンの話:SUNTORY FLOWERS)。
問:菌は空気中を漂っているだけだと思うが、自ら飛行できるか?できないなら、完全殺菌した調理器具でふたを閉めて調理すれば、新たに菌が食事に入ることを防げるか?
答:担子菌系のキノコは胞子を射出し、盤菌類などの子のう菌の中には胞子を能動的に空中に放出ものはあるが(図2)、基本的に細菌など原核微生物と真菌や変形菌類など真核微生物の両方とも自力飛行はしない。密閉容器内で食材を調理すれば微生物に汚染されないが、空気中には1㎥あたり10万〜100万個の微生物が漂っており、ふたを開けた直後から外部の微生物が調理物に付着する。なお、調理器具の保管棚に飛沫防止カーテンを設置するなど微生物に汚染されない工夫をすることは食中毒を防止するために重要である(器具の衛生管理 使い分け:花王プロフェッショナル 衛生ナビ)。
図2.子のう胞子を能動的に飛ばす盤菌類(Dumontinia tuberosa)の子実体.
問:人は凍結すると死ぬのに、なぜ微生物は死なないのか?絶対零度でも死なないか?
答:現存の微生物は地球の全球凍結期や氷河期など寒冷期を生き延びてきたもので、特にその耐久体は細胞を傷つけ破壊する氷晶が細胞内にできない仕組みなどの耐凍性を持っているため簡単には死滅しない。むしろ温度が低いほど安定的に仮死状態で生き続ける。この耐凍性を利用して世界の微生物保存機関では液体窒素内(-196°C)で多くの微生物株を長期保存している(図3)(微生物遺伝資源利用マニュアル(17)「植物病原菌の同定と保存」:農業生物資源研究所 ジーンバンク)。
図3.液体窒素気相内(およそ-165°C)での真菌類の長期凍結保存.
問:植物ウイルスを伝搬する動物はいるか?
答:昆虫やダニ類、線虫などの無脊椎動物以外では、人間が農作業や栽培地の拡大の際、さらに農産物の輸出入において最も広範囲に伝搬している(大島、2015)。その他、科学的な証拠は不明だが、草食動物は植物を摂食する際、汁液伝染性のウイルスを伝搬していると考えられる。
問:病原菌を媒介する昆虫にはメリット・デメリットはあるか?
答:虫体内で増殖する植物ウイルスは、元々虫に寄生するウイルスが植物にも寄生するようになったという説がある(笹谷、2014)。つまり、増殖型のウイルス媒介昆虫は保毒すると軽いウイルス病に罹かった状態になる。例えば、イネ縞葉枯ウイルスを体内で増やし媒介するヒメトビウンカは、産卵数がやや減り孵化率が少し下がるというデメリットを被る(イネ縞葉枯病とは:農林水産研究情報総合センター )。また、カシ類萎凋病を媒介するカシノナガキクイムシは菌のう(マイカンギア:カビの運搬器官)に病原菌Dryadomyces quercivorus(=Raffaelea quercivora)を入れて幹に食入するが(図4)、菌のうから病原菌が虫の孔道に感染し増殖して樹木を発病させる一方、幼虫が菌体を利用して生育する(メリット)(升屋、2023)。しかし、成虫になる際菌のうを形成しそこに特定の菌種を収容して生きたまま運ぶには、菌のうに付随する腺細胞から分泌する物資で菌種を限定するなど、それなりのコスト(デメリット)を払っている(升屋・山岡、2009)。
図4.コナラ萎凋病の病徴.左:立ち枯れた成木、中:樹皮に空いたカシノナガキクイムシの食入痕、右:切株に見られた孔道と周囲の辺材の変色.
問:パスツールが白鳥の首のフラスコで行った実験は、微生物は自力で管を這い上がれないということを前提としたものだが、これはパスツール自身が発見した事実から着想したものか、それとも当時では既に知られた事実を応用したものなのか?
答:細菌などが水溶液中で泳ぐ(鞭毛運動・繊毛運動)ことは顕微鏡を発明したレーウェンフックがすでに観察・報告しており(“微生物学の父”レーウェンフックは何を見たのか:National Geographic)、顕微鏡を利用していたパスツール自身も観察していたことから(パスツールの使っていた顕微鏡、Muuseo)、乾いたガラス管であれば登れないと予想し、例のフラスコを考案したと考えられる。
問:高校生の時にウイルス病に効く薬はないと聞いた。予防接種をすることでウイルス病の発生はどのくらい抑えられるか?
答:ウイルスに感染し発症してしまったら、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザなど少数のウイルス以外は今でも治療薬がない。ワクチン接種は人により抗体のつき方が異なるため、予防効果も人それぞれだが、対象ウイルスに感染しても発症しないか重症化しない。ウイルス種によって感染力が違うため様々だが、新型コロナウイルスでは全人口の4~6割の接種で集団免疫が得られるという説がある(新型コロナ拡大を防ぐ「集団免疫」は、本当につくのか:朝日新聞デジタル)。
問:様々な厳しい環境下に生息する極限環境微生物は、なぜわざわざそんな環境を選んで生息するのか? 何かメリットがあるのか?
答:一般に生物は他の種が利用できない環境や生息場所を利用・独占できるように適応・進化する。極限環境微生物は現在の極限環境に似た太古の地球環境で生まれ、現在まで残った極限環境に棲み続けていると考えられ、生きた化石のような微生物と言える。つまり、極限環境を選んだのではなく元々そういう環境に適応していたため、今もほとんど他の微生物と競合する必要がないという大きなメリットを持つ(1億年生きた微生物も!?“極限環境生物”の生存戦略から「生命とは何か」を考える:サイエンスZERO)。
問:最近、地球温暖化の影響で永久凍土が融けると、有害な細菌やウイルスが放出される可能性があるというが、昔の微生物が生き残っているのか?
答:凍結による微生物の長期保存が実用化されているぐらいなので、氷河期以前の微生物が永久凍土に仮死状態で眠っていることは十分考えられ、実際にシベリアの凍土から溶けだしたトナカイから人獣共通病原細菌である炭疽菌が周囲のトナカイや人間に感染し被害を及ぼしたことがある(永久凍土に眠るウイルスと感染症のリスク:日経ビジネス)。
問:微生物は深海で何をもとに増殖しているのか?
答:深海の微生物には上から降ってくるマリンスノーという有機物の粒子を餌にするもの、また、海溝の熱水噴出孔付近の微生物は噴出する無機物を還元する、あるいは高温の噴出孔の赤外線を利用した光合成により生活エネルギーを得るものなどがある(謎の深海生物「チューブワーム」が生命の起源の謎を解く、長沼毅:幻冬舎plus)。
問:エアコンをつけたらカビの様な匂いがしたが、エアコンの中でもカビは増えるのか?
答:冷房運転をするとエアコンの室内機の中が結露し、吸い込まれて熱交換器やフィンにたまったチリやほこりを栄養源としてカビやバクテリアが生え、胞子や菌体を大量に放出するためかび臭や不快臭がする。主なカビの原因菌はアクレモニウム(Acremonium)、酵母菌(様々な種を含む)、カーブラリア菌(Curvularia)、アオカビ(Penicillium)、クロコウジカビ(Aspergillus nigar)、ススカビ(Alternaria)、コウジカビ(Aspergillus spp.)、アースリニウム(Arthrinium)(カビの種類:日本エアコンクリーニング協会) であり、空中にこれらの胞子が浮遊している(図5)。また、バクテリア(細菌)の主な原因菌としてはバチルス(Bacillus:枯草菌の仲間)、セラチア(Serratia:大腸菌)、アースロバクター(Arthrobacter:土壌細菌)で、ホコリやゴミ、カビなどを栄養源として繁殖する(エアコンにカビが生える!自分でできる掃除法やカビ対策を解説 :DAIKINストリーマ研究所、ダイキン工業株式会社)。
図5.エアコン内で生育するカビ類、A:アクレモニウム、B:カーブラリア、C:アオカビ、D:クロコウジカビ、E:ススカビ、F:アースリニウム.
問:キュウリモザイクウイルス(CMV)の宿主範囲が広いのはなぜか?
答:宿主範囲の狭い種を多く含む植物ウイルスの属は、多様な植物に感染するために遺伝的変異をフルに活用して種の数を増やしてきたと考えられる(種の分化による宿主の多様化)。これに対して、1,000種もの植物に感染するCMVは、1 種のみで多様な植物種に感染する、すなわち宿主範囲の拡大という戦略をとっている(花田、2012、P-26~28)。CMVの外殻タンパク質が宿主の抵抗性・罹病性応答を左右していることが分かっており、広い宿主範囲に関与していると考えられる(高橋、2008)。
問:微生物の分類に関して、以前は形や機能を重視する人為分類であったのに対して、なぜ最近は進化系統樹に準拠した自然分類に変わったのか?
答:科学が発達し、より自然で合理的な分類が求められるようになったから。例えば、チャもち病とヤマツツジてんぐ巣病は症状が異なり、人為分類では別の病原菌が起こしていると考えられがちだが、進化系統樹では同じ属の菌であること分かり、生理的な性質も似ているため同じ殺菌剤などが効くと予想できる(図6)。このように、人の感染症や作物病害では病原微生物の自然分類が発達したおかげで、治療法や防除法の開発が進んだ。
図6.8:チャもち病、9:ヤマツツジてんぐ巣病.
問:あらゆる微生物に匂いはあるのか?
答:一部の微生物が匂いの元となる代謝産物を生産する。担子菌類のキノコ、例えばマツタケはエステル系の芳香を放つが、スッポンタケやキツネノエフデ、カニノツメなどの粘質の胞子塊(グレバ)は悪臭を発しハエなどの昆虫を引き寄せ胞子を運ばせる(スッポンタケ:八王子のきのこ―里山のきのこミニ図鑑―、 カニノツメ:教室博日記、千葉県立中央博物館 房総の山のフィールド・ミュージアム)。また、Pseudanabaena属など一部のシアノバクテリアやStreptomyces属放線菌には強いカビ臭物質の2-メチルイソボルネオールを生産するものがある。これらが水源で増えると水道水がカビ臭くなり(辻・新山、2018、杉浦・矢木・須藤、1983)、また、収穫籾に放線菌が付着・増殖すると米が墨汁臭を発するため問題となる(佐藤・浅野、2023)。
図7.10:サンコタケの成菌と幼菌、11:サンコタケの黒いグレバ、12:キツネノエフデ.