紹介したヘアリーベッチの一件に先立ち1年生の実習圃場で起きた事件があります。3作目のスイートコーンを播種した後、慣行栽培区では90%以上発芽したのに対し、有機栽培区では明らかに発芽が少なく、2~3割にも満たない有様でした(図1A、B)。種子消毒済みの市販種子を播いたことから通常の種子伝染病ではないと予想して、不発芽の種を掘り出して観察しました。すると、皆何かに食い破られたように穴が開いているではありませんか(図1C)。さらに種皮を開いて中を探っていくとほとんどの種の中から同じような蛹(さなぎ)や蛆虫(うじむし)が出てきたのです(図1D)。実体顕微鏡で観察しながら何だろうかと途方に暮れていると、やってきた同僚の教員がスマホで撮影して画像検索をしてくれました。即座にヒットしたのは「タネバエ(Delia platura)」でした(図1E)。この害虫は卵から蛹までの間を浅い土壌中で過ごし、未熟な堆肥やダイズ・キュウリなど作物の種、ネギ類などの根を食害し、羽化後有機物の腐敗臭に引き寄せられて産卵するそうです。
有機栽培区には有機アグレット666という動植物だけを原料に製造された有機肥料を多めに入れていました。匂いを嗅いでみると確かに魚粉などが入っているようで、これがタネバエを誘引したのではないかと考えられました。また、有機栽培区では効果の高い合成殺虫剤は使っていません。有機栽培を3作繰り返しましたので、タネバエの密度が上がっていたことは容易に想像できます。ところで、エダマメの有機栽培区の方では被害は出なかったのでしょうか? 幸い、2作目から苗づくりをして移植栽培をしてきたため、無事でした。そこで、スイートコーンでも急きょ苗を育てて捕植しました。しかし、残念ながら実習終了までに収穫は間に合いませんでした。タネバエにとって有機栽培は天国のような住み心地であるのに対し、種を食い荒らされたスイートコーンにとってはまさに地獄です。有機栽培は一般に環境にやさしく安全性が高いと思われがちですが、このようなデメリットもあることを頭の隅に置いておく必要があるでしょう。
図1.A:スイートコーン慣行栽培区の発芽状況、B:同有機栽培区の発芽状況、C:掘り出した不発芽種子、D:種子内部の蛹、E:タネバエの蛹、F:物差し上の蛹(縦線間=5 mm、横線間=約1 mm)