90%以上の植物種の根にはアーバスキュラー菌根菌が感染しており、同菌が土壌中のリンを集めて植物に供給する代わりに、植物が光合成産物を菌に与えているという典型的な相利共生関係について、農学関係の講義で習った人は多いと思います(日本植物病理学会,2019)。しかし、アブラナ科植物にはアーバスキュラー菌根菌が共生せず、最近まで同植物がリン不足の自然土壌でどのようにリンを確保しているか謎でした。近年、海外でアブラナ科のシロイヌナズナなどを宿主とするC. tofieldiaeが内生生育期を持っていることが分かり、日本ではオーニソガラム炭疽病菌として報告されました(図1, 2)。この菌はリン不足の土壌でシロイヌナズナの根に感染しリンを集めて宿主に供給していることが明らかになりました(晝間・西條,2018)。このように、シロイヌナズナに内生的に住み着きアーバスキュラー菌根菌のように相利共生関係を築く一方,リンの十分な土壌ではリン供給を止めてしまうそうです。そればかりか、C. tofieldiaeにはシロイヌナズナにとって協力的なものばかりではなく、根に寄生して生育を著しく阻害する菌株も知られています。興味深いことに、C. tofieldiaeと同じ系統群に属するダイコン炭疽病菌C. incanumは、リンの十分な場合はC. tofieldiaeよりも多くリンを植物に供給するということです(図3, 4)。アブラナ科植物に対して病原性の強いこの近縁種も宿主と共生的な関係を築く遺伝的背景を共有していると推定されます。ところで、炭疽病菌は感受性の宿主に到達できればほぼコンスタントに感染して病気を起こしますが、C. tofieldiaeやアーバスキュラー菌根菌は宿主に感染するチャンスがあればいつでも共生関係を築くことができるのでしょうか? 実は、土壌中のリンの量に比例して増減する宿主の抗菌物質によりその感染が制御されているらしいのです(晝間・西條,2018)。共生菌は病原菌が進化的に行きつく先の一つであるとも考えられており(日本植物病理学会,2019)、炭疽病菌ではC. tofieldiaeがそれに近い例なのではないでしょうか。別の見方をすると植物と菌類の寄生・共生関係は明確に分けられずボーダーレスと言えそうです。ある炭疽病菌では寄生と共生は単一の遺伝子領域に左右される紙一重の関係であることが示されています(晝間・西條,2018)。いずれにしても、このような植物と炭疽病菌との動的相互関係がさらに明らかになれば、炭疽病の効率的な防除が可能になるばかりか、有効利用も夢ではないかもしれません。
図1, 2.種内に共生菌と病原菌が共存するC. tofieldiae,1.分生子層と剛毛,2.分生子.図3, 4.ダイコン炭疽病菌C. incanum,3.分生子層と剛毛,4. 分生子.
引用文献
晝間敬・西條雄介 2018. リン栄養枯渇条件下での根圏糸状菌による植物生長促進.日植病報 84: 78–84.
日本植物病理学会.2019. 植物たちの戦争 ―病原体との5億年サバイバルレース-.pp. 194–199.講談社,東京.