ナンヨウアブラギリ(ジャトロファ,Jatropha curcas)は古くから油脂・医薬品原料、農地の防護生垣等として、また近ごろ国内では観賞植物として利用されてきました。挿し木増殖が容易で干ばつや酸性土壌でも育ち、35%もの油を含有する種子は植物性燃料資源として地球温暖化の防止に利用できると注目されています(図1A-C)。ジャトロファは毒性が強く食用にはならず、通常の作物には適さない条件でも育つため食料生産とは競合しませんし、生育が速いため収入が早く得られ、しかも一回の作付けで50年程度収穫できるという利点もあります(ナンヨウアブラギリ)。日本では企業が沖縄県宮古島で栽培開発を行っており、石垣島の国際農林水産業研究センター(JIRCAS)熱帯・島嶼研究拠点でも試験栽培されていました。2012年、JIRCASの研究員からジャトロファが枝枯れを起こしているので、原因を調べてほしいと依頼がありました。
図1A-K.ナンヨウアブラギリとその枝枯病および病原菌.A.再生枝と葉、B.未熟果、C.種子、D.JIRCAS石垣島の試験栽培圃場の欠株、E.枯死寸前の個体、F.枝枯症状、G.病斑の境界部、H.皮層部の腐敗、I.枯死枝上の分生子殻、J.単細胞分生子、K.2細胞分生子.
現地で壊滅的な被害を目の当たりにして、これはただ事ではないと思いました(図1D-F)。採集試料から病原菌の分離を試みましたが、その時採れてきたのは弱病原性あるいは腐生性の糸状菌やバクテリアばかりで被害に見合う菌ではありませんでした。仕方なく結論は先送りとして、継続調査としました。その後、たまたま株枯れを起こしたジャトロファの根からLasiodiplodia属菌の新種が見つかったという報告を見つけました(Machado et al., 2014)。この論文には2010年前後に報告された関連文献がいくつか引用されており、石垣島の被害も同じ病害かも知れないと考え、罹病枝を送ってもらうことにしました(図1G, H)。案の定、枯れ枝から他の菌とともにLasiodiplodia属と思われる菌が分離され(図1I-K)、それを新梢に有傷接種したところ、すぐに枯れ始めただけでなく瞬く間に葉も落ちて強い病原性が確認されました(図2A-G)。
図2A-K.ナンヨウアブラギリ枝枯病の接種試験.A.接種4日後、B.接種27日後、C.すべて落葉した接種9日後の個体、D.29日後の対照無接種区の楊枝挿入部、E.接種30日後の枯死茎上に形成された分生子殻、F.分生子殻から噴出した分生子塊(Eのクローズアップ)、G.発病個体から再分離された接種菌(培養2日後)
そこで、本菌の形態を詳しく調べました。PDA上に形成された分生子殻内にはひも状の側糸があり、分生子形成細胞は円筒形、単細胞分生子は無色楕円形~円筒形で壁は厚く、2細胞分生子は灰褐色,楕円形~卵形,表面に縦縞と中央 1 隔壁を持っていました。このような形態からやはり本菌は Lasiodiplodia 属菌と確められました。また,同属の既知種と本菌の rDNA-ITS領域、tef1(EF-1α:トランスレーション・エロンゲーションファクター1α)、tub2(β-tub:βチューブリン2)遺伝子を用いて同属菌の系統樹を作成した結果,本菌株は Lasiodiplodia hormozganensis のクレードの間近に位置し、形態も考慮すると L. hormozganensis の近縁種と判断されました。ところが、Machado & Pereira(2012)が解説したジャトロファのStem canker and diebackやCollar and root rotはL. theobromae が起こすとされ(Hattori et al., 2023)、その後報告されたCollar and root rotの罹病個体から分離された同属の新種にも該当するものがありません(Machado et al., 2014)。いずれにしても、Lasiodiplodia 属菌による本病は国内初発生であるため枝枯病と名付けました(佐藤ら,2018)。
つい最近、rDNA-ITS領域、tef1、tub2の各遺伝子に加え、新たにrpb2(RNA ポリメラーゼ II サブユニット B)遺伝子を用いた最新の分子系統解析により国内産の主な宿主由来の30菌株が6種に同定・再同定されました(Hattori et al., 2023, 本ブログ「隠し子続出の?Lasiodiplodia属菌」)。残念ながら、その菌株には上記のジャトロファ枝枯病菌(MAFF 246125, MAFF 246126)は含まれておらず、依然として種は未確定です。ぜひrpb2を加えた分子系統解析により正体を調べてみたいものです。
地球温暖化による熱帯・亜熱帯の拡大や干ばつの頻発は、皮肉にも温暖化の緩和に役立ちそうなジャトロファの栽培適地が広がることに繋がります。しかし、栽培の大規模化に伴いLasiodiplodia属菌による枝枯れや株枯れに見舞われ減収することは容易に想像できます。これではジャトロファによる温暖化抑制のアイデアも実現が危ういでしょう。まさに、「カビが付けば気温は下がらぬ」。自然相手に人間のやることは、相変わらずモグラたたきのようであまり進歩しているとは思えません。問題が起きてから対策を講ずるのはもう返上し、AIも動員して事前に準備しておくべきではないでしょうか。そのためには、全ての植物のあらゆる寄生菌・病原体を明らかにすることが重要です(本ブログ「日本と海外における野生植物上の菌類研究・情報蓄積の比較」)。被害発生の前後に関わらず、人間が植物を利用する限り病害防除の仕事はいつまでも続くことは確かなようです。