伝染性・非伝染性の如何を問わず、作物の病害は人間が顕在化させたものであり、農耕を続ける限り避け難い宿命とも言えます。野生の植物には様々な微生物が寄生・共生・着生・内生し、また、近接する自然環境にも多様な微生物が共存しています。それらは通常、野生植物を根絶やしにするような被害は与えず共倒れになることはありません。しかし、農耕において遺伝的に均一な植物(作物)が広い圃場に栽培されると、それらの微生物が被害を及ぼすようになると考えられます。例えば、薬用植物で最も使用量の多いウラルカンゾウは、つい最近まで野生のものが採取・利用されてきましたが、重要病害は知られていませんでした。ところが、増大する需要を賄うため栽培が始まると、様々な病害が顕在化してきました。筆者が診断依頼を受けた土壌病害の株枯病(佐藤ら、2018)は、遺伝的に均一なストロンによる増殖では壊滅的な被害を及ぼしました。病原菌Fusarium solani種複合体の汚染土壌で生育した感染・保菌親株から採取した増殖用のストロンは、定植後ほとんど出芽せず土壌中で腐敗してしまったのです。自然状態では、遺伝的に多様な実生苗のうち病原菌に弱いものは淘汰され、抵抗性のある個体が生き残り群落が維持されると考えられます。その他にも作物病害が人災であるという傍証があります。ダイズの祖先種であるツルマメの寄生菌の半数はダイズの重要病原菌と共通であることが示されていますが(佐藤ら、2017)、それらがツルマメに壊滅的な被害与えることは知られていません。しかし、例えばツルマメにも寄生するPhakopsora pachyrhiziは(図1~3)世界的にダイズの深刻な減収を引き起こしているさび病菌です(山岡、2014)。このように、単一の作物が農耕地という単純な生態系で人為的に管理されることにより、生物間の共存関係が崩れて病害が顕在化すると考えられます。
引用文献
佐藤豊三・加賀秋人・古屋成人・土屋健一・大貫正俊.2017. ダイズ祖先種ツルマメの病変部より分離・検出された菌類.日本微生物資源学会誌33: 9–18.
佐藤 豊三・五十嵐 元子・菱田 敦之・川原 信夫・一木(植原)珠樹.2018. Fusarium solani 種複合体によるウラルカンゾウ株枯病(新称).関東病虫研会報 65: 61–64.
山岡裕一.2014. 近年大発生したさび病とさび病防除に対する基礎生物学的研究の重要性.日植病報 80 (特集号):40–48.