己を知り学生を知らば百答危うからず(その8)

 2010年代、農業生物資源ジーンバンク微生物遺伝資源部門のポスドクからアメリカに留学し、帰国後森林総合研究所の研究員を経て法政大学応用生命科学部の教員になった若手研究者がいます。彼が2024年度サバティカル休暇を利用してカナダで在外研究をすることになり、留守中授業の一部を代わってほしいと頼まれました。現役を退いてから2年、年齢もすでに69歳で少し悩みましたが、担当科目が自分の専門の「植物医科学概論」「植物病原菌類学」であったことと、法政大学の兼任講師(非常勤教員)は70歳以下に限られていたため、最後のご奉公と思い引き受けることにしました。新潟食料農業大学の頃と同じように、毎回の講義の後にクイズを出題し、最後に質問コーナーを設けました。今回は「植物医科学概論」の質疑応答を紹介します。なお、この授業は前期14回の授業を5名の教員で分担するオムニバス授業でした。私が担当したのは、第2回:植物の生育障害と症状の特徴 、第3回:微生物病の類別および主要作物の病害、第4回:微生物病の類別および主要作物の病害「菌類病」と「細菌病およびファイトプラズマ病」の3回でした。応用植物科学科植物クリニカルコースの1年生必修の植物医科学概論は、植物の不調・障害を広く扱う分野であり、高校を卒業したての学生の質問は多岐にわたりました。

:今後、生物8界説よりも界が増えると思うか?

答:8界説以降、キャバリエ=スミスの修正6界説(1998)では界が減ったが、その後、Ruggiero et al.(2015)が7界説を提唱し、修正6界説で真正細菌と一緒にされた「古細菌界」が復活した。解明されていない生命体が圧倒的に多い微生物の探索やロキアーキオータ群など発見・培養されて間もない微生物群の研究が進めば(例えば、真核生物誕生の鍵を握る微生物「アーキア」の培養に成功; JAMSTEC BASE  話題の研究 謎解き解説)、今後、新たな界の生物群が見つかるかもしれない。

:白色を帯びるうどんこ病など、どのような病気でも色が発現するが、特定の病気になぜその色が付くのか。ヒトであれば大抵炎症を起こすと赤くなるが、植物では色に違いが生じるのはなぜか?
答:伝染性・非伝染性障害による植物の色の変化は、うどんこ病菌(白)・べと病菌(白~灰色)・さび病菌(黄~橙~黒褐色)のように病原体そのもの(標徴)の色、植物の葉緑素が褪色・変性して黄化・白化し、あるいはアントシアンの生産により赤~紫色になり(図1)、また、枯死すると淡褐色~黒色になる。その変色は植物と病原体・障害の原因(変色を起こす刺激の種類)の組合せによりほぼ決まっている。そのため、変色は重要な病徴の一つとされ、診断に役立つ。

図1.コチョウラン乾腐病の赤変した罹病葉鞘.

:病名はどれくらいの期間で決定されるか?
答:新しい病気と判断されるまでは半年から数年、その後新病名が学会(口頭発表)や論文などで提案され、日本植物病理学会の病名委員会により日本植物病名目録に採録されて初めて確定するため、早くて1年、遅くて3,4年かかる。なお、報告者により病名が提案されない場合は、病名委員会が前例などを基に病名を付けることもある。

:症例が特殊な植物の病気はあるか?
答:例が少ないという意味であれば、ヤブニッケイ角もち病(horn gall, 病減菌:Laurobasidium hachijoense)が挙げられる。幹や太い枝から直接鹿の角のような菌えいが叢生する。今のところ、国内では八丈島のヤブニッケイ(Cinnamomum japonicum)と小笠原諸島のコヤブニッケイ(オガサワラヤブニッケイ,Cinnamomum pseudopedunculatum)でのみ見られる(八丈植物公園・八丈ビジターセンター「ヤブニッケイもち病菌」Shibata et al., 2021)。タイでも同じ菌がCinnamomum subaveniumに同様の菌えいを形成すると報告されたが、分子系統的には国内の病原菌とはやや異なるとされる(Somrithipol et al., 2018髙橋ら,2015Shibata et al., 2021)。なお、タイ産L. hachijoenseのrDNA-ITS 領域はBLAST検索で最も高い相同性(99%)を示したのは,ナシ汚果病の病原菌でもある担子菌系酵母Acaromyces ingoldii安田ら,2005)であり,国内産のL. hachijoenseとの相同性は 97% であったという(髙橋ら,2015)。ナシ汚果病もコスメティック病害として症例の特殊な病気と言える。ちなみに、海外では同じ属のLaurobasidium lauri(宿主:Laurus canariensis,カナリー諸島)やLaurobasidium cinnamomi(宿主:Cinnamomum zeylanicumおよびシナニッケイ (Cinnamomum cassia),スリランカ(図2)による同様の病気が知られている(Laurobasidium lauri, Flickr)。

図2.ベトナムで発生したLaurobasidium cinnamomiによるシナニッケイ角もち病(仮)左:比較的新しい菌えい、右:古い菌えい(飯田 修氏原図, 2005年4月撮影).

:なぜ伝染性病害は上位葉に進行しやすく、生理障害は上位葉に進行しないことが多いのか?
答:伝染性病害は病原菌の胞子などが感染しやすい上位茎葉に継続的に飛散して病気を起こすため、罹病部が上方に進行しやすいが、例えば異常低温や光化学スモッグなどの生理障害は一時的原因によるものが多いため、上位葉に進行し難い。

:複数の症状が重なり、別の症状が同時に発生した場合、どのように対処するのか、優先的に対処すべき症状があるのか?
答:通常被害の大きな(緊急を要する)症状の対策から実施される。例えば、雑草がはびこると同時に、害虫による食害がひどいときは、まず殺虫剤を散布して虫を駆除し、次に除草剤を散布するか草刈りをする。また、全身症状を示す土壌病害と葉に斑点性病害が出ている場合は、土壌病害の対策を優先する。

:同じ病原が違う(植物)種に寄生することはあるか? また、寄生した場合、同じ症状が現れるのか?
答:それは多犯性病原菌が典型例だが、例えば灰色かび病菌は地上部の灰色カビ状の分生子・分生子柄(図3A)、白絹病菌は地際部の褐色菜種状の菌核や白色菌糸(図3B)、といった標徴が共通の外観を示す場合が多いが、病原菌と宿主植物の組み合わせにより発病部位や病徴の進展などには差が見られる。例えば炭疽病菌Colletotrichum fioriniaeはリンゴ、ブドウ、ブルーベリー、プルーン、ビワ、ツワブキ、トルコギキョウなどに同様の標徴が生じるが病徴は異なる(農業生物資源ジーンバンク微生物画像データベース:リンゴ炭疽病 ブドウ晩腐病プルーン炭疽病ビワ炭疽病 、ブルーベリー炭疽病ツワブキ炭疽病トルコギキョウ炭疽病)。

図3.A.灰色かび病罹病苗上の灰白色カビ、B.コチョウラン葉上の白色菌糸と粒状の未熟菌核.

:身の回りでよく見かけるツツジ類褐斑病は、角形病斑の周りから黄化し徐々に落葉するとのことだが、道路脇に植えられた多くのツツジがこの病気になっているのに、かなり多くの花が咲いている気がする。病気なのになぜか?。
答:Septoria azaleaeによる褐斑病にかかったツツジ類の樹全体は枯れないことから、重篤な病害ではなく花が付かなくなるほど衰弱しないと考えられる。古い葉に病斑が多くなると黄化して落葉する程度で、発病木でも春には新葉と花をたくさん付ける(図4)。ツツジ類褐斑病菌はおそらく感染後の静止・潜伏期間が長いといった内生菌的な性格が強く、片利共生的に宿主植物と共存している例ではないかと考えられる。

図4.ツツジ類褐斑病罹病樹(左:2月19日に撮影)とその開花および新葉(右:左と同じ場所を4月28日に撮影).

:植物の病原体は動物に対しても病原性を示すのか?
答:植物病原体は哺乳類の体温では生育できないものが多く、動物の体内に侵入できたとしても免疫システムにより排除されてしまう。動物病原体は動物の免疫システムを突破できる特殊な微生物であり、呼吸器系のアレルゲン以外には植物病原体と共通のものはない。なお、虫媒性の植物ウイルスの中には媒介昆虫の体内で増殖するものがあり、ツマグロヨコバイで継卵伝染するイネ萎縮病ウイルスは産卵数が減るなど生育や増殖に影響するものもある。

:野菜や果物がよりおいしくなるような病害はあるのか?
答:灰色かび病菌が寄生したブドウ果実が糖度の高い貴腐ワインの原料になり(貴腐)、マコモ黒穂病菌の感染により茎が肥大してできるマコモタケは歯ごたえの良い野菜になる(マコモタケ(マコモ);みんなの農業広場)。また、トウモロコシ黒穂病の黒穂胞子を含む発病肥大部がトルティーヤの具材になるなど(ウイトラコチェとは?味わいや食べ方は?食べてみた人の口コミとともに紹介!;ちそう)、ごく少ないが、そのような例はある。

:トマトがよく育てられているからトマトの病害が多く見つかっているのか、それとも別の理由があるのか?
答:メジャーな穀物であるイネには100以上の病気が知られている例と同様に、トマトはメジャーな野菜であり早生・晩生、果実もミニから大玉まで品種が多く(多様な素因)、また、栽培面積も広く露地・施設栽培、促成・抑制栽培などいろいろな作型で育てられていること(多様な誘因)も病気の多い理由となっていると考えられる。

:バラ類黒星病菌の学名がスライドと教科書で違っていたが、説明してほしい。
答:菌類の二重命名法が認められていた2012年以前、バラ類黒星病菌の有性(完全)世代がDiplocarpon rosaeと、無性(不完全)世代(図5)がMarssonina rosaeと呼ばれていた。この菌は1827年、Asteroma rosae Lib.の学名で新種発表されたが、 1912年、有性世代に基づきDiplocarpon rosae (Lib.) F.A. Wolf と転属され、一方、1915年、無性世代に基づきMarssonina rosae (Lib.) Died.と命名され、どちらも有効な学名であった。しかし、二重命名法が廃止された現在では(青木,2014)、発表の早かったD. rosaeに統一された(教科書は時代遅れ)(Species Fungorum

図5.バラ黒星病と病原菌Diplocarpon rosae

:病原体の属名はどのようにして決定されるのか? 属名や学名は何を基に付けられているのか?
答:その菌(属・種)の特性にちなむものが多い。例えば、イネいもち病菌: Pyricularia  oryzae の属名は分生子の形が洋梨形(pyriform)から(図6)、種小名は宿主のイネ(=Oryza sativa)の属名から付けられている。人名を基に付けられた例には、台湾の菌類誌をまとめた菌学者の澤田兼吉からカエデうどんこ病菌Sawadaea 属(Sawadaea bicornis)が、イネ馬鹿苗病菌を発見した植物病理学者の藤黒与三郎からFusarium fujikuroiGibberella fujikuroi)がある。

図6.セイヨウチャヒキいもち病菌(Pyricularia oryzae)の分生子.

:条件的寄生菌や条件的腐生菌の生存条件はなにか?
:それらは宿主植物がなくても腐生生活ができるため、菌類の生存に最低限必要な4条件「適温:20~30℃」、「水分環境:高湿度」、「栄養源:有機物」、「好気性環境:酸素」が必要。

:ポストハーベスト病害とは収穫前後どちらで病害虫に汚染されるのか、収穫前に汚染される場合は遅れて症状が出るのか?また、両方ある場合、どちらの方が多いか?
:健全に見えるが収穫前に病原菌が感染し、病原の静止・潜伏期間後(収穫・貯蔵・流通後)に発病する場合と,収穫後の作業中に生じた傷口などから新たに病原菌が感染する場合の両方がある。農産物の衛生管理が進んだ先進国では前者の方が多いと推定される(図7)。一方、バナナなどの熱帯果樹を生産している発展途上国では、不適切な果実の取り扱いにより収穫後に障害が生じることも多い。なお、害虫では条件によりどちらかの経緯で被害が生じ、両方とも重要である。

図7.Lasiodiplodia属菌によるマンゴー果実のポストハーベスト病害.

:生理障害で突然発生するパターンが一般的であるが、例外はあるか?
:窒素・リン酸・カリや微量元素の不足で起きる生育不良や褪色・変色(栄養障害)は徐々に発生することが多い(作物の生理障害図鑑;JA あいち経済連 肥料&農薬通信)。