3年間の大学勤務時代に植物病理学(アグリコース2年生の必修科目)の質問を約150も受けました。これは、少しでも学生に興味を持ってもらうため質問したら成績評価に加味するとアナウンスしたことが原因です。コース人数の少ない一期生は10数問でしたが、二期生、三期生と開学から年を経るごとに増えて、まさかの100問越えとなりました。講義中や終了前に口頭で質問する学生はほぼ0でしたので、各講義の後に出題した小テストの解答用フォームの最後に質問欄を設けて書いてもらいました。質疑応答は特にコロナ禍で余儀なくされたオンライン授業では学生との貴重なコミュニケーションでしたし、質問者の習熟度、裏返せば自分の講義の分かりやすさをモニターするには好都合でした。ただ、質問したのに答えてもらえなかった学生が満足感を得られずそれ以降質問しなくなってしまうのを防ぐため、どんな質問にもすべて答える方針を貫きました。とはいえ、小中学生並の哲学的な?質問もかなりあり、脂汗を垂らしながら回答を絞り出したことを覚えています。今回はそれらの中からどなたにもお分かり頂けそうな質疑応答を紹介したいと思います。
問:人間の場合コロナウイルスのように広範囲に蔓延する病気があるが、植物にはそのような強力な病害はないのか?
答:世界的に栽培される作物には、どこでも見られる強力な病害がある。菌類ではダイズさび病(図1)は世界的に蔓延し被害が広がっており、イネいもち病は稲作地帯では毎年発生する最重要病害であり、ムギ類の各種さび病も普遍的に発生している。また、宿主範囲の広いキュウリモザイクウイルスによる病害や細菌病のアブラナ科野菜などの軟腐病も世界的に発生している。
図1.ダイズさび病(葉裏)
問:コッホの三原則では証明できない病原体はあるか? (コッホの三原則:①発病部に病原体がいる、②それを純粋に分離・培養することができ、接種により宿主に同じ症状を起こすことができる、③②の症状を起こした宿主から接種した病原が再分離できる。)
答:さび病菌・うどんこ病菌・べと病菌(図2)・白さび病菌などの絶対寄生菌やウイルス・ウイロイド、ファイトプラズマはほぼすべて人工培養できないため、厳密な意味でコッホの第2原則(分離・培養)は満たせない。また、てんぐ巣症状を示すファイトプラズマや角もち病菌 (Laurobasidium 属菌-培養可能) など接種による病徴再現(第3原則)が成功していない病原体も結構ある。
図2.アカザべと病(左)と病原菌(右:遊走子のう,吉永実記氏原図)
問:果物や野菜なども普通に飛行機内に持ち込み可能なので、植物検疫はあまり効果がないのでは?
答:日本は島国なので植物検疫は特に厳しい。海外からの持ち出しは自由でも入国時に必ず植物検疫の窓口で検査を受けなければならない。検査で輸入禁止品や病害虫が検出された農産物は没収・処分される。検査を受けない、あるいは無断で農産物を持ち込もうとする者は植物防疫法により罰せられる。
問:病害発生では気象などが主な環境要因となっているが、今の地球では毎年異常気象など予測できない場合が多いと思う。その時は通常とは違う病気が起きたりするのか?
答:異常気象が通常と異なる病害を助長することが知られている。一般に豪雨の洪水によりイネが冠水すると黄化萎縮病(図3)や白葉枯病が多発する。実例としては2019年の台風と長雨により、一部の産地でモモせん孔細菌病の感染が拡大して被害が発生した。また、サツマイモ基腐病は、2018年に沖縄県で初めて確認された後、九州5県、高知県、静岡県、岐阜県、群馬県、茨城県、東京都、千葉県(2021年)の12都府県で発生が確認され(補足:2022年現在25都道県で発生)、さらに拡大が続いており、保菌苗の拡散に加え発生地域拡大に温暖化の影響が考えられている。
図3.イネ黄化萎縮病による出すくみ穂(左)と葉上の病原菌の遊走子のう(右)
問:病気になった植物は枝葉が枯れるイメージだが、サクラてんぐ巣病(図3)はなぜ枝葉が密生しているのか?
答:宿主植物上で病原菌の生息・増殖に都合の良い環境を得るためと考えられる。サクラてんぐ巣病菌は子のう菌に属すが、担子菌類のもち病菌やさび病菌にもてんぐ巣病(アスナロてんぐ巣病)を起こす種があり(図4、図5)、同様に細かい枝と葉を密生させ、その中で植物の栄養を奪い発病葉に胞子形成器官を大量に発達させる。
図4.サクラてんぐ巣病
図5.ヤマツツジてんぐ巣病
問:多くの抵抗性の植物を接木でつないで、互いに抵抗性を共有し一つの無敵植物を作ることはできるか?
答:接木は異なる遺伝的特性を持つ同種か近縁種の器官を合体させ、いわば合成植物(キメラ)を作る技術であり、病害抵抗性は台木から穂木には(その逆も)伝わらない。台木と穂木が異なる病気に抵抗性を持つ場合は、複数の病害にかからなくなるが、1種の植物につき平均10病害が知られていることから、すべての病害に対して抵抗性にするのは困難。
問:新品種が病気にかかった場合、従来の方法で解決しないことなどはあるのか?
答:一つの病害抵抗性の新品種だけを栽培し続けると、病原菌の遺伝的変異などにより対象病害に侵されるようになる。同じように他の抵抗性遺伝子を持つ新品種を作っても、いずれ罹病性になる。そこで複数の抵抗性系統をブレンドして栽培するマルチラインによりこの問題が克服された。例えば、新潟県のコシヒカリBL(いもち病抵抗性系統)はこの方式によりイネいもち病に対して集団免疫的な効果を発揮させることに成功した。
問:リングスポットウイルス病に抵抗性を導入したハワイ産遺伝子組換え体(GMO)パパイヤは、アレルギーや環境への負荷を考慮して日本では導入されていないのか?
答:国内では食品安全委員会がハワイのGMOパパイヤの評価を行い、2009年に人の健康に悪影響はないと判断した。これに伴い、消費者庁が2011年8月に新たに義務表示の対象品目として追加し、承認された同年12月以降GMOパパイヤを我が国に輸入できるようになった(遺伝子組換えパパイヤに関する情報(詳細))。
問:新しい細菌や病害などを見つけると表彰されるのか?
答:新病害の発見で受賞は聞いたことがないが、例えば、抗生物質のイベルメクチンを生産する放線菌(細菌)を見つけた大村智博士のように、新しい種から実用的な有用物質を取り出した場合はノーベル賞もありうる(土から見つけた治療薬)。
問:細菌は増殖サイクルの死滅期に自己溶解・消滅するが、なぜ自分で消滅するのか?
答:細菌に限らず、一般に生物の死はその種の再増殖と進化につながると解釈されている(小林,2021)。自己溶解によりいち早く次世代や共生・共存する関連微生物の栄養となり、世代を促進させることにより子孫の生存と進化を有利にすると考えられる。
(参考文献)
小林武彦 2021. 生物はなぜ死ぬのか.pp.184–185. 講談社,東京.
問:植物病原菌はどこからきて、どのように新たに増えるのか?
答:菌類や細菌など微生物は適した環境であれば広範囲に生息している。一時的に不利な環境でも耐久体を作って生き永らえることが可能であり、それぞれの微生物に適する条件が揃えば、いつでも再増殖する。植物病原菌は必ず第一次伝染源から、病気の3要素(主因=病原・素因=宿主植物・誘因=環境条件)が揃った時に感染・増殖する。
問:不織布が病害防除に利用されるというが、その繊維の隙間は微生物が通過できるのに病害を防ぐ効果があるのか?
答:通気性を保ちながら風を防ぐため、不織布による被覆栽培では作物が傷付きにくくなる(傷感染を抑制)ほか、風媒伝染性の病原体の侵入率が下がり、また、ウイルス媒介昆虫はほとんど入らない。新潟県園芸研究センターでは不織布より目の粗いネットでモモ園を被い、せん孔細菌病などに対する防除効果が確かめられたとのこと。
問:病原菌類の有性・無性世代はどのようにして切り替わるのか?
答:菌類の無性世代と有性世代の切り替わりは、通常栄養状態の変化や気温・水分などの環境の変化で起きると考えられている。植物病原菌では宿主植物の生育シーズンが終わりに近づき、病原菌の利用しやすい有機物が枯渇してくると有性世代を形成して休眠状態に入る。一方、栄養豊富な宿主植物が新たに生育してくると有性世代の胞子などが飛散し感染・発病した後無性世代が始まる(図6)。
図6.炭疽病菌C. karstiの無性世代(左:分生子層)と有性世代(右:子のう)
問:国内で発生した植物病害の病原種類別割合は圧倒的に菌類によるものが多いが、他国では全く違うのか?また、菌類病が多くなる最も大きな要因はなにか?
答:他国でも同様で、世界的には菌類が植物病の原因の約80%を占める。生物の進化では、最初に現れた細菌に次いで古細菌が出現し、植物の祖先と菌類の祖先が続き、動物が現れた。植物の祖先は菌類の祖先と共生して陸地に上陸し進化してきたと考えられている。それらの中から植物に寄生し、病気を起こすものが多様化したとされる。つまり菌類が植物基質を利用する方向に進化した結果、菌類による植物病害が最も多くなったと考えられる(日本植物病理学会, 2019)。病原菌類は単独で植物の細胞壁を破って侵入できるが、細菌・ウイルスには不可能であることも、その説を支持しているのでは?
(参考文献)
日本植物病理学会.2019. 植物たちの戦争 ―病原体との5億年サバイバルレース-.講談社,東京.
問:緑肥はなぜ土壌に良いのか?
答:土壌に有機物を供給して土壌微生物を増殖・活性化することにより土壌の物理化学性や生物性を改善する。これらの効果により作物が健全に育ち、病気にかかりにくくなる。また、特にヘアリーベッチ(図7)などマメ科の緑肥は、根粒菌の共生により土壌に窒素肥料分を供給する。
図7.ヘアリーベッチと根粒
問:マコモダケ(図8)のように黒穂病が植物を肥大化させ可食部を増やす植物は他にもあるか?
答:糸黒穂病にかかった発病初期のコーリャンの穂実「烏米(ウーミー)」は中国東北部の食材(桂 琦一,1982)。また、メキシコではトウモロコシ黒穂病の黒穂胞子を含む肥大発病部がウィトラコチェという食材になっている。
(参考文献)
桂 琦一 1982. むしと菌(くさびら).築地書館,東京
図8.マコモダケの水煮