ダイズさび病(病原菌:Phakopsora pachyrhizi)―

 40年余り前、筆者は大学院で各種さび病菌の分類・生態について研究していました。すでに触れた世界的重要病原菌のダイズさび病菌を用いて、宿主への侵入様式や宿主範囲を集中的に調べました。なお、現在ダイズさび病菌には、アジア系のPhakopsora pachyrhiziと中南米系のP. meibomiaeの2種が知られており(山岡,2014)、ここでは前者について述べます。
 植物病理学の教科書では、さび病菌の夏胞子は発芽後気孔上に付着器を作ってそこから植物に侵入すると書いてあります(白石ら、2012)。大学の実験でも顕微鏡で興味深く観察したものでした。しかし、ダイズさび病菌の夏胞子は表皮上に付着器を作り直接角皮を破って侵入することが報告されており、筆者らは電顕観察などによりそれを追認しました(図1, 2)。なお、角皮侵入する夏胞子やさび胞子はシャリンバイさび病菌などでも見つけており(Sato and Sato, 1981)、珍しいことではないようです。考えてみると、さび病菌の担子胞子は一般に角皮侵入しますので、他の胞子世代でも角皮侵入しても不思議ではありません。つまり、さび病菌夏胞子の気孔侵入は麦類のさび病菌に代表される話だったわけです。ちなみにそのメカニズムは宿主が麦ならではの方式であることが「植物たちの戦争(日本植物病理学会,2019)」に解説されています。気孔侵入は開口部からの侵入なので、付着器に高い膨圧が要らず省エネの利点があると考えられます。反面、気孔にたどり着くまで概して長い発芽管を伸ばす時間を要することとと、宿主の表面微細構造により侵入の可否が決まるため、宿主範囲が限られるのが欠点と言えます。一方、ダイズさび病菌は硬い角皮を貫入するためエネルギーを費やしますが、若葉上であれば発芽後すぐに付着器を作り侵入できます。また、角皮侵入は宿主の表面微細構造に左右されません。角皮侵入はこの菌がサビキン類にしては比較的広い宿主範囲を持つ一因と考えられます。筆者らがダイズ上の夏胞子を10種のマメ科植物に接種した結果、ダイズのほか、アズキ、インゲンマメ、ササゲ、エンドウに加えて、野生のクズやヤマハギにも感染し夏胞子ができました。これらの植物上ではもちろん、発病しなかったフジ、ラッカセイ、ソラマメでも角皮侵入が確認できました(Sato and Sato, 1982)。山岡(2014)によれば、この菌の自然宿主は世界で少なくともマメ科17属31種が知られ、人工接種では26属60種が発病したと報告されています。これらのことから、農耕以前から様々なマメ科植物に寄生していたP. pachyrhiziは、ツルマメの作物化と栽培に伴いダイズに親和性を高めて病原菌となり、ダイズ品種の多様化や栽培規模の拡大とともに病原レースを分化させたと考えられます。また、上記のダイズ以外の宿主植物は本病の伝染源になりうると言えます。
 山岡(2014)はダイズさび病の防除についてまとめていますが、このような宿主範囲の広いさび病菌を効果的・持続的に防除する決め手はまだないようです。筆者はタイでサビキン類の特異的重複寄生菌であるShphaerellopsis firumEudarluca carisis)を探索し、ダイズさび病菌に寄生する系統を分離・保存しました(佐藤,1991;図3)。この重複寄生菌は一旦圃場内外に定着すると継続的に寄生を繰り返すため、毎作処理しなくてもダイズさび病菌の密度を下げる効果が期待できるほか、圃場周辺で野生宿主植物上の菌密度も抑制することが予想されます。耕種的防除法とともに総合防除の一手段として利用できるのではないかと考えています。

引用文献

日本菌学会.2017. 驚きの菌ワールド ―菌類の知られざる世界-.東海大学出版会,平塚.
日本植物病理学会.2019. 植物たちの戦争 ―病原体との5億年サバイバルレース-.講談社,東京.
佐藤豊三.1991. タイにおけるさび病菌の重複寄生菌の調査・収集.平成元年度微探収報.p.15-35.
Sato, T. and Sato, S. 1981. Aecidium rhaphiolepidis and A. pourthiaeae: two imperfect rust fungi with aecidioid uredinia. Trans. mycol. Soc. Japan 22: 173-179.
Sato, T. and Sato, S. 1982. Infective ability of soybean rust to several leguminous plants. Soybean Rust Newsl. 5: 22-26.
白石友紀・昭光和也・一ノ瀬勇規・寺岡徹・吉川信幸.2012. 新植物病理学概論.養賢堂,東京
山岡裕一.2014. 近年大発生したさび病とさび病防除に対する基礎生物学的研究の重要性.日植病報 80: 40-48.

図1.ダイズさび病菌夏胞子の角皮侵入.左:接種
9時間後,中:15時間後(図2参照),右:24時間後
(A:付着器,P:貫入糸,TEV:表皮横断のう,
PH:一次菌糸,SH:二次菌糸,H:吸器,E:表皮細胞)
図2.接種15時間後の走査電顕像(S:夏胞子,他は図1参照
図3.ダイズさび病菌の夏胞子堆に寄生した
Shphaerellopsis firumの分生子殻
(矢印の黒粒,右上:顕微鏡像