植物病原菌に限らず、栄養の多寡と分生子の大きさには関係があるだろうと想像はつきますが、調べられているのでしょうか?筆者らがC. acutatum群の3種3~6菌株について、2%ブドウ糖添加ジャガイモ煎汁寒天培地(PDA)とブドウ糖とショ糖をそれぞれ0.1%含む完全合成貧栄養培地(Synthetic poor nutrient agar: SNA)で培養した結果、意外にも有機炭素源の少ないSNA上でできた分生子の方が平均で1 µm以上長くなり、幅も0.1~0.3 µm大きくなりました(Sato and Moriwaki, 2013)。3種の中で元々最小クラスの分生子を持つC. carthamiでは培地による分生子のサイズ差が大きく、菌株によっては体積が約66%増えた計算になります(表1,図1)。かろうじて水に浮く人間の比重を約1とすると体重60 kgの人が約100 kgの巨漢になることに相当します。一方、単糖類や二糖類を含まず、塩類と粉砕したオートミールを1リットルに10 g含むのみのWSH(modified Weitzman–Silva–Hunter agar)という貧栄養培地があります。三澤ら(2018)は、このWSHとPDA培地で同じ菌株の分生子を作らせて、大きさを調べました。その結果、3種ともSato and Moriwaki(2013)の報告と同様の傾向が見られ、しかもC. fioriniaeの分生子はWSH上ではPDA上の2.5倍以上の体積になることが示されました(表1,図1)。その差は同じ菌株とはにわかに信じがたいほどです(三澤ほか(2018)Fig. 3を参照)。
表1.富栄養培地と貧栄養培地で形成されたC. acutatum種複合体構成種の分生子のサイズ比較.
図1.貧栄養培地で形成された分生子の平均体積増加率(%).
(富栄養培地で形成された分生子の体積を100%とした場合.
*貧栄養のWSHで培養した種,その他はSNAで培養した種.)
図2ー1.二次分生子を形成するC. chrysanthemi の分生子.
図2ー2.二次分生子を形成するC. carthami の分生子.
人間の感覚では腹いっぱい食べれば(栄養豊富になれば)、大きくなるのではと想像してしまいますが、これらの炭疽病菌ではそうではありませんでした。すでに報告されているかもしれませんが、筆者はこの傾向を病原性Fusarium属菌の1種でも確認しています。ではなぜそうなるのでしょうか? 炭疽病菌のように腐生生活もできる植物病原菌は自然界で越冬するときは、罹病残渣の中や付着器の形で潜んでいるしかありません。翌春わずかな炭素源を利用して分生子を作りますが、できるだけ長く生き延びて宿主に到達・感染するには少しでも大きな細胞の中にエネルギー源を蓄える必要があるでしょう。興味深いことに、サイズを調べた菌のうち少なくともC. chrysanthemiとC. carthamiの分生子はスライドグラス上で直接二次分生子を形成します(図2-1, 2)。自分が宿主上にいないことを察知して複数の分身を放ち、感染の可能性を持続しているのではないでしょうか。この場合、親の分生子は大きい方がより多く二次分生子を作ることができるはずです。そのようにして首尾よく宿主に感染できた暁には、豊富な炭素源を利用して小さめの分生子を量産し、新たな宿主を求めて広範囲に分散する方が有利です。つまり、第一次伝染では大きめの分生子が分散した先で娘分生子を再分散させて感染チャンスを高め、第二次伝染では小さめの分生子でも最初から数撃ちゃ当たるといった戦略を取っているかのようです。このように、栄養条件による分生子のサイズ変化は生き残るための適応ではないかと考えられます。
ちなみに、生物全般に栄養条件の悪い方が長生きするという「カロリー制限効果」が知られています。例えば酵母では利用できる糖分を2%から0.5%に(1/4)減らすと、寿命が30%伸びると言われています。すなわち、通常は20回分裂して2日で死んでしまいますが、低栄養では26回分裂できるようになり、分裂に要する時間も長くなるため生存期間も延びるというのです(小林,2021)。この効果は越冬明けの低栄養条件で活動を再開する分生子形成細胞にとっては好都合であり、生じた分生子も長生きであることも、第一次伝染の高いハードルをクリアする助けになっているでしょう。
蛇足ながら、分類・同定で菌類の形態比較を行うときは同じ培地(基質)を使う必要があると言われてきました。植物病原菌にとって宿主上(自然界)の富栄養基質は成熟果実ぐらいでしょうか。PDAなどの天然物を用いた富栄養培地では病原菌の胞子等は宿主上で見られる形とは異なり、大きさも不安定であることは上述の論文でも明らかです。という訳で、今世紀以降は炭疽病菌の分類・同定でも貧栄養完全合成培地であるSNAで作らせた形態が用いられるようになっています。昔、椿啓介先生に「カビはいじめた方が本当の顔を見せるんだよ」と教えて頂きましたが、食うや食わずにした方が本来の姿になるということも当てはまるのではないでしょうか。
引用文献
小林武彦 2021. 生物はなぜ死ぬのか.pp.184–185. 講談社,東京.
三澤知央・西脇由恵・佐藤豊三 2018. 北海道道央地域の各種園芸作物から分離したColletotrichum属菌の同定と諸特性.北日本病虫研報 69:88–94.
Sato, T. and Moriwaki, J. 2013. Molecular re-identification of strains in NIAS Genebank belonging to phylogenetic groups A2 and A4 of the Colletotrichum acutatum species complex. Microbiol. Cult. Coll. 29: 13–23.