【番外編A】鉄砲隊、足軽、忍者・・・菌核達の戦い方

 「栄養豊富な方が分生子は小さくなる?」を閲覧された方から面白いコメントが寄せられました(一部添削してあります)。今回はご本人のお許しを得て話題提供させて頂くことにしました。

———————- コメント ———————-
(前略)ところで白絹病菌(Athelia rolfsii)の菌核は、植物体上とPDA培地上では、計測したことはありませんが、見た目にはかなり大きさが違う印象があります。たしか植物体上(土壌上)の方が小さかったと思います。植物体上(土壌上)の小さい菌核のほうが分散に有利に働くのか、と漠然と考えていました。(一方、菌核病菌(Sclerotinia sclerotiorum)の場合、植物体上とPDA培地上ではあまり大きさが違わないような気がします。)白絹病の菌核のサイズ変化についてはどのようにお考えでしょうか?
————————————————————

————————– 回答 ————————–
 菌核に関するコメント、ありがとうございます。なかなか興味深いご見解ですね。
白絹病の菌核のサイズに関しては、農業生物資源ジーンバンク(NAROジーンバンク)で収集されている、微生物画像データベースを見るのがとても分かりやすいかと思います。NAROジーンバンクでは主に培地上に形成された白絹病菌の菌核の写真をたくさん公開しています(一部宿主上の菌核もあります)。この微生物画像データベースで白絹病菌の種小名「rolfsii」をキーワードとして検索すると、様々な植物から分離された白絹病菌の菌核の写真がヒットます(農業生物資源ジーンバンク 微生物画像データベース*:web page参照)。この画像でMAFF番号のシールが貼られたシャーレは直径55 mm、その他は約90 mmのシャーレです。それを基準にすれば実際の大きさを想像できます。ご覧の通り、菌株によってかなりばらつきがあることが分かります。
 植物の地際部・地下部を侵す白絹病菌にとって、培地上と宿主上どちらが栄養豊富か微妙です。地際部は光合成産物が地下部に送り込まれる師管が集まり、地下部には多かれ少なかれ炭水化物が蓄えられていますから、宿主上も結構栄養豊富なのではないでしょうか? 菌株間差もあり、培地上で菌核が大きく宿主上では小さいとは一概に言えないかもしれません(図1, 2)。

図1.白絹病に罹病した作物の根もとに形成された菌核.
図2.1から分離された菌株がPDA培地上(55 mmシャーレ)で形成した菌核.

 前置きはこのくらいにして、お問い合わせの件を考えてみます。肉眼的サイズの菌核は主に耐久体であり、分生子・有性胞子は分散体といった役割の違いがあります。また、菌核と言ってもいろいろなタイプがあります。子のう菌類に属する菌核病菌は越冬後にキノコ状の子のう盤を作って大量の胞子を強制的に飛ばし第一次伝染源となりますから(図3)、それ自体分散する必要はほとんどありません(窪田,2019)。また、イネ科植物の穂に角状の菌核を作る麦角病(Claviceps属)菌も、越冬した菌核から小さなこけし状の子実体にびっしり子のう殻を作って細長い子のう胞子を飛ばします。代表的なClaviceps purpureaは一つの菌核から100万本に及ぶ子のう胞子を射出すると言われています。いわばこれらは戦国時代の鉄砲隊のような感じです。一方、担子菌類に属する白絹病菌はめったに担子胞子を形成しませんので、菌核自体が分散しないと生息域を広げられません。こちらはさしずめ足軽のようなイメージです。効率的に分散するには小ぶりのものをたくさん作る方が有利でしょう(図1)。逆に、菌核病菌や麦角病菌の菌核は大きくしかも形成数は限られています(図4, 5)。さらに、白絹病菌の菌核は他2菌の菌核とは異なり、ほぼ球形なので転がるには好都合と考えられます(大高ら,2008;図2, 5)。

図3.菌核病菌の菌核から形成された子のう盤(長尾英幸博士原図).
図4.菌核病罹病植物の茎と葉柄に形成された菌核.
図5.菌核病菌の菌核.

 ところで、どちらも多犯性の白絹病菌と菌核病菌の国内における宿主の数は、前者(268)の方が後者(133)の約2倍になっています(農研機構,2023)。なぜなのでしょうか? 空中を飛ぶ菌核病菌の胞子より白絹病菌の菌核の方が分散範囲ははるかに狭いと考えられます。このようなハンデのある白絹病菌は宿主範囲が広くないと生き残れないからではないでしょうか? 白絹病菌の菌核そのものには分散の役割もあると考えられることから、比重が気になります。それは皮層・表層・髄層から成っており、髄層には細かい隙間がたくさんあります(web page参照:内部に隙間(光の屈折により暗色に見える気泡)が多数見られる白絹病菌の菌核断面)(大高ら,2008)。風雨による分散を考えると菌核病菌の菌核よりも比重は小さいのではないでしょうか? ぜひ測ってみたいところです。   
 ちなみに、白絹病菌と同様に担子胞子をまず作らないイネ紋枯病菌Rhizoctonia solaniの菌核はイネの稈や雑草の病斑上に形成され菌核が地面に落ちて越冬します。翌年代掻きや除草の際に水面に浮き上がり生育初~中期のイネの稈にまとわりついて感染することはよく知られています(高坂,1965)。つまり、湛水時に紋枯病菌の菌核は比重が1以下になっているということです。それは厚い菌核外層の細胞が徐々に空胞化するためであることが明らかにされています(羽柴,1985)。冬の間土粒のふりをして身を潜め、湛水後に浮袋を膨らませて若稲城に忍び込むこの菌は、土遁の術や水遁の術を駆使する忍者といったところでしょうか(web page参照:イネ紋枯病と病原菌の菌核)。
——————————————————————-

 植物病原菌の生存戦略についてご興味をお持ちの方はぜひコメントをお寄せください。

 なお、ここで紹介した「農業生物資源ジーンバンク 微生物画像データベース」については別項目で解説します。お楽しみに。

引用文献

羽柴輝良 1985.イネ紋枯病の発生生態に関する研究 .日植病報 51: 252-254.
高坂淳爾 1965. イネ紋枯病の生態と防除.日植病報 31: 179-185.
窪田昌春 2019. 菌核病菌による病害の発生生態と防除.植物防疫 73: 387-391.
農研機構(遺伝資源研究センター) 2023. 日本植物病名データベース.
大高伸明・富岡啓介・澤田宏之・青木孝之・佐藤豊三 2008. 香川県で発生したオンシジウム白絹病と病原菌Sclerotium rolfsii Saccardo の性状および菌糸体和合性. 四国植物防疫研究 43:7-12.