剛毛の役割として防虫の可能性を考えましたが、それだけでしょうか? 実体顕微鏡で見ると剛毛は黒いウニのように見えます(図 1)。この色は付着器の色と同じメラニン色素と考えられます(日本植物病理学会,2019)。剛毛に限らず葉の表側で分生子を形成する菌類は有色のものがほとんどです。例えばごま葉枯病菌(Bipolaris属菌)や葉枯・輪斑病菌(Pestalotiopsis属菌)は分生子自体が暗色をしており、Phyllosticta属菌やAscochyta属菌の分生子は無色ですが分生子殻の上部は暗色です。このような菌類のメラニン色素は有害な紫外線から分生子などを守ることが一つの役割と考えられています(Eisenman and Casadevall, 2012)。炭疽病菌の皿状の分生子層が裸出すると無色透明の分生子やその形成細胞(子実層)は紫外線に対して無防備になりますから、林立する剛毛は紫外線を和らげているのではないでしょうか?剛毛の発達程度は種によって異なりますが、分生子塊の色などが種ごとの剛毛の密度とサイズに影響しているのかもしれません。例えば、乳白色の小さい分生子塊を作るネギ類炭疽病菌C. circinansやダイズ炭疽病菌C. truncatumなどは立派な剛毛を高密度で生やすのに対し(図の1から3)、オレンジ色の大きな分生子塊を作るC. acutatum群の種は剛毛を持っていないか(図の4,5)、あるいは貧弱なものがあるだけです(佐藤ら,2022;佐藤,2023)。C. acutatum群は炭疽病菌の系統樹では末端の枝に位置づけられ、進化上最も新しいグループと考えられます(Cannon et al., 2012;佐藤,2023)。その大きな有色分生子塊に覆われた子実層は紫外線から保護されているため、剛毛が要らなくなったと考えられないでしょうか。
一方、剛毛の形成条件について報告した興味深い論文があります。アマ炭疽病菌C. liniの感染したアマ子葉をほぼ100%または95%の相対湿度に保った結果、飽和湿度では分生子層に剛毛が生えなかったのに対し、95%の相対湿度では剛毛が生じたというのです。また、4か国で分離された同菌の47菌株およびジャガイモ炭疽病菌C. coccodes(C. atramentarium)の3菌株を寒天培地で培養する際、1セットはシャーレの蓋を閉め、他のセットは開けたままにしたところ、すべての菌株が蓋を開けた場合でのみ剛毛を生じたとのことです(Frost, 1964)。これらのことから、剛毛は乾燥から子実層を守っているとも考えられます。確かに低湿度の時は剛毛により気流が遮られて子実層の乾燥が抑えられるでしょう。スキンヘッドとスポーツ刈りの頭ではどちらが早く汗が乾くか想像してみれば明らかです。しかし、乾燥を防ぐためであれば剛毛は無色でも良いはずです。フッキソウ紅粒茎枯病を起こすCoccinonectria pachysandricolaは無色剛毛のある分生子座を茎と葉の裏側に作ります(竹内ら,2005;図の6)。グランドカバーに利用されるフッキソウは草丈が低く密に繁茂するため、この菌はほとんど日陰で分生子を作っていることになります。直射日光の強い紫外線にさらされないため、剛毛は無色でも良いのでしょう。考えてみると、降雨や露が降りるときは葉表の紫外線は無~低レベルであるのに対し乾燥した晴天では高レベルです。やはり炭疽病菌の剛毛には乾燥防止以外に紫外線除けの機能もあるのではないでしょうか? この観点から剛毛の豊富な分生子層を見直すと、高湿度(弱紫外線下)では剛毛が放射状に広がって盛んに分生子が形成され分生子塊ができますが(図の2,3そして7)、低湿度(強紫外線下)では剛毛は子実層を覆うように内側に傾斜しています(図の1)。これには剛毛の基部に何か秘密がありそうです。いずれにしても、トリシクラゾールなどメラニン合成阻害剤を処理した区と無処理区について、紫外線や湿度を変えて分生子の活性と形成への影響を調べれば、剛毛の役割が明確になるかもしれません。
引用文献
Cannon, P.F., Damm, U., Johnston, P.R., Weir, B.S. 2012. Colletotrichum current status and future directions. Stud. Mycol. 73: 181–213.
Eisenman C.H., Casadevall A. 2012. Synthesis and assembly of fungal melanin. Applied Microbiology and Biotechnology 93: 931–940.
Frost, R.R. 1964. Seta formation in Colletotrichum spp. Nature 201: 730-731.
日本植物病理学会.2019. 植物たちの戦争 ―病原体との5億年サバイバルレース-.講談社,東京 262pp.
佐藤豊三 2023. 植物炭疽病菌 Colletotrichum species. 微生物遺伝資源利用マニュアル(45) 51pp.
佐藤豊三・埋橋志穂美・飯田修 2022. Colletotrichum chrysanthemiによるミシマサイコ炭疽病(新称).日植病報 88: 254-257.
竹内 純・堀江博道・寺岡 徹 2005. 本邦初産属種 Pseudonectria pachysandricola によるフッキソウ紅粒茎枯病(新称).日菌報 46:3–11.
図 1から3はC. truncatum で,このうち1は低湿度で内側に傾いた炭疽病菌の剛毛,2は高湿度で放射状に開いた剛毛,3は乳白色の分生子塊である。また4はC. fioriniaeの橙色の分生子塊,5はC. fioriniaeの剛毛のない分生子層,6は無色の剛毛を持つフッキソウ紅粒茎枯病菌の分生子座(大谷洋子氏原図),7は高湿度下のダイコン炭疽病菌の分生子層(低真空走査電顕像)である。