化学合成農薬(以下農薬といいます)を使用する化学的防除法は、適用範囲が広く、適切・的確に使えば安定した防除効果が得られることから、現代の農業生産に不可欠な基本技術となっています。農薬の使用については常に話題になるところではありますが、農業生産上、とくに病害虫が多発した時には、その密度を効果的に低下させるための重要な切り札となります。
理想的な農薬には、安全で防除効果が高い、選択性がある、ということはもちろんのこと、残効性・残留性がある、扱いやすい、散布しやすい、などたくさんの項目が求められます。たとえば殺菌剤では、かつては非選択的で予防効果を中心とする薬剤が主体となっていました。しかし、環境問題が社会問題化するのに伴って、選択的な活性を示す薬剤の開発が進み、近年では、病原菌に対して直接的な抗菌活性は示さず、植物が本来持っている病害抵抗性を高める抵抗性誘導剤なども開発され、作用機作のバリエーションが広がっています。
理想的な新農薬が開発されると、生産現場では同じ種類の薬剤を連用しがちになります。図に示したのは、トマトうどんこ病菌にキノキサリン(モレスタン)水和剤を散布したときの顕微鏡写真です。このように水散布だけのうどんこ病菌(左)と比べると、薬剤がかかった菌糸は潰れてよじれており、その効果の高さが実感できます。しかし、効果が高いからと言って同じ作用機構を持つ農薬ばかり使ってしまうと、耐性菌の発達リスクが高まります。耐性菌だけが生き残り、その後の増殖に歯止めがかからなくなってしまう可能性が高くなります。対策としては、異なる作用機作をもつ農薬を複数組み合わせた「ローテーション防除」を実施するのが基本、ということは皆さんよくご存じの通りです。
実際に農薬散布となるとお金も労力もかかります。周辺環境にも十分に配慮しなければいけませんから、いくら薬剤散布作業をしたくても風の強い日にはできません。たとえ強い風が吹いていなくても薬液が周辺に飛び散るのを防ぐドリフト対策は必須です。また、薬液タンクやホース類の洗浄によるコンタミ事故なども徹底して防ぐ必要があります。このように農薬を使う上では法的規制はもちろんのこと、正確な知識を持ち、適切・的確に使用することを改めて強く意識していただきたいと思います。
農林水産省は、令和3年5月12日に策定した「みどりの食料システム戦略」の中で、化学農薬使用量(リスク換算)を、2030年までに10%、2050年までに50%それぞれ低減することを大きな目標として設定し、その目標達成に向け、総合防除(IPM)の推進や有機農業の面的拡大等を推進するとしています。これは裏返せば「今後の農業生産においても農薬を使っていくことを前提します。ただその使用量は数値目標をもって削減していきましょう。」と解釈することができます。80億人を超えた人類を飢えさせないためには、化学的防除法を排除した農業生産は現実的ではありません。将来にわたって、適切かつ効果的な化学的防除技術の開発・普及に取り組んで行く必要があるということには変わりはありません。
さて、次は、熱や光など物理的な手法を用いた物理的防除法について解説します。
【参考文献】
「新版 農薬の科学」.(2014).宮川恒・浅見忠男・田村廣人(編著).朝倉書店.
廣岡卓・石井英夫.(2014).植物病害の薬剤防除.日植病報80(特集号):172-178.
農林水産省.「みどりの食料システム戦略」
図.トマトうどんこ病菌に対するキノキサリン(モレスタン)
左の写真は水散布(水和剤の効果)を,
右の写真はキノキサリン剤散布(多作用点接触活性薬剤)
の効果を示す.