生物的防除

 生物的防除法は、生物が持つ作用を利用して病原体にダメージを与えたり、感染できなくなるようにすることによって発病や被害を軽減する手法です。生き物同士の戦いとなるので、その適用範囲は限定的で狭く、効果はやや不安定ではありますが、環境にやさしく、持続可能な技術です。中でもよく研究され、実用化も進んでいるのが微生物の利用です。表1にその作用メカニズムと事例を取りまとめました。大きくは「拮抗、共生、抵抗性誘導」の3つの作用メカニズムに、さらに拮抗作用については、「抗生、競合、寄生」の3種類に細分類されます。

表1.微生物を利用した生物防除作用のメカニズムとその代表例.

 拮抗作用を持つ微生物の代表的な例としては、細菌類ではバチルス(Bacillus)属菌やシュードモナス(Pseudomonas)属菌、糸状菌ではトリコデルマ(Trichoderma)属菌やタラロマイセス(Talaromyces)属菌などがあげられます。これらのうち、防除効果が高くて安定している特定の拮抗微生物(生物的防除エージェントと呼びます)については製剤化され、すでに微生物農薬として登録・市販されています(令和3年11月30日時点で26種64銘柄)。
 共生作用は、植物体の根に侵入・定着し、植物体と栄養のやり取りを通してwin-winの関係を成立させて植物体の生育を促進したり、植物が本来持っている抵抗性を活性化することで発病を抑制します。
 抵抗性誘導は、共生作用の発展形として、植物体に明確な病害抵抗性誘導がかかるケースを利用した手法です。これまでに非病原性フザリウム菌などいくつか開発されてきましたが、現在実用利用されているのは弱毒ウイルスだけとなっています。
 抗生作用を有する微生物のうち、土壌やコンポスト、堆肥等から容易に分離することができるBacillus属細菌は、多様な抗菌性物質を生産すること、また培養が容易なことなどから実用利用に向けた研究が進んでいます。そこで、ここでは私がかかわったB.subtilisを使った研究事例を2件ご紹介します。

 一つ目はウリ類ホモプシス根腐病の防除に関するキュウリでの実験例です。本病の防除には、主に農薬を用いた土壌消毒が行われていますが、処理時期が作付け前の低温期であるため消毒作業は大変です。そこでB.subtilisの利用を考えました。実験では、キュウリ苗の根をB.subtilis (東京工業大学の正田誠名誉教授が分離したRB14C菌株)の培養菌体液に浸し(浸根処理)、しばらくおいてからホモプシス根腐病菌の汚染土壌に植え、その後、温室内で50日間栽培しました。これは、抗菌性物質を生産するB.subtilisがキュウリの根に定着すれば防除効果が発揮されるはず、と考えての実験です。その結果を図1に示しました。左から、水処理区、B.subtilis RB14C培養菌体液の浸根処理区、無病土定植区となっています。図からも明らかなように、水処理区ではホモプシス根腐病菌の感染によって根が褐色になり、根量も極めて少なくなりましたが、B.subtilis RB14C培養菌体液の浸根処理区では、無病土定植区のキュウリの根と同等の健全な根が維持され、感染・発病が抑制されていることがわかりました。

図1.枯草菌(B.subtilis RB14C菌株)の培養菌体液をキュウリ苗に浸根処理してからホモプシス根腐病汚染土壌で栽培した時の発病抑制効果(処理後50日).

 二つ目はキュウリうどんこ病防除の実験です。キュウリではうどんこ病抵抗性品種の育成が進んでいますが、まだまだ薬剤防除が欠かせません。加えてうどんこ病菌は薬剤耐性を発達させやすく、効果的な防除が難しい状況にあります。そこで、DMI剤、QoI剤およびSDHI剤の3剤に対して高い耐性を示すキュウリうどんこ病菌の単胞子分離株を用いてBacillus属細菌を利用した生物防除の可能性について検討しました。供試材料には、新たに土壌から分離したBacillus属細菌2菌株(KB1-4とPF5131)とウリ類ホモプシス根腐病の実験で使ったB.subtilis RB14Cと同系菌(RB14)を用いました。対照には菌の培養に使った液体培地とQoI剤(アゾキシストロビン(アミスター20フロアブル))およびキノキサリン系剤(モレスタン水和剤)の2種類の殺菌剤を用いました。いずれも2.5葉のキュウリ苗に、5日間培養したBacillus属細菌の菌液または所定濃度で希釈した殺菌剤を噴霧散布し、3時間ほど風乾させた後、キュウリ子葉で増殖させたうどんこ病菌の分生子を懸濁液にして噴霧接種しました。図2に接種15日後の各処理区のうどんこ病の発病状況を示しました。上段左から、KB1-4、PF5131およびRB14処理区、下段左から、LB培養液、QoI剤およびキノキサリン剤処理区です。この写真からも明らかなように、キノキサリン剤処理区ではしっかり発病が抑制されていますが、QoI剤処理区では培養液処理区と同様に全く発病抑止効果は認められていません。このような状況の中で、新たに分離したBacillus属細菌2菌株のうちPF5131処理区では、キノキサリン剤処理区には及びませんが、RB14処理区と同等の高い発病抑止効果が認められました。これらの結果から、土壌から分離されたBacillus属細菌PF5131菌株はキュウリうどんこ病に対して、薬剤耐性菌であっても実用レベルの防除効果を有する有望菌株であることが明らかになり、今後、生物的防除エージェントとして利用できる可能性が示唆されました。

図2.異なる枯草菌菌株の培養菌液あるいは薬剤等を散布後、キュウリうどんこ病QoI剤耐性菌を接種したときの接種15日後の発病状況.

 以上のように、生物的防除法はまだまだ発展途上にあり、生き物同士の戦いを利用した新たな研究開発への取り組みに期待しているところです。

 次回は、品種選択や栽培管理で病害虫を防除する耕種的防除法について解説します。 

【参考文献】

日本生物防除協議会ホームページ http://www.biocontrol.jp/index.html.
農林水産省(2022).生物農薬の登録状況について.植物防疫所病害虫情報 126:5.
正田誠.(2020).枯草菌による生物防除のメカニズム.農業及び園芸.49(5):178-183.
Kita, N., T.Ohya, H.Uekusa, K.Nomura, M.Manago and M.Shoda. (2005). Biological control of damping-off of tomato seedlings and cucumber Phomopsis root rot by Bacillus subtilis RB14-C. JARQ 39(2):109­114.
乙部基・山本裕一・正田誠・北宜裕.(2022).土壌から分離した植物病原菌類・細菌類に対し拮抗作用を有するBacillus属細菌の抗菌活性と病害防除効果.農業生産技術管理学会誌 29(別冊1): 23-24.