病害の診断・同定

 植物体に異常を認めたときに、その特徴を詳しく調べて病原を特定し、病名を決定することを診断といいます。診断の目的は、ヒトの病気と同じで、何の病気にかかっているのかを明らかにし、具体的な防除対策を立てることにあります。
 図1に診断・同定の流れを示しました。まずやることは病気の発生現場に行って、現場での病気の発生状況、病徴や標徴などを注意深く観察します。できれば普及指導員や営農指導員に声をかけて現場に来てもらい、栽培履歴やこれまでの生育状況などを伝え、おおよそのあたりをつけます。ここまでが圃場診断と問診です。

 図1.病害の診断・同定プロセス(土佐(2021)を一部改変)

 次に植物診断、すなわち罹病植物そのものを対象に、病気を引き起こしている病原体を特定する作業に移ります。図2にホウレンソウのべと病の例を示しました。あるホウレンソウ生産者が春どりホウレンソウを栽培したときに、桜が咲く前後くらいに葉の表側に黄褐色の病斑(図2-A)を見つけました。これが病徴です。葉を裏返すと灰色のカビのようなものが生えている(図2-B)のが確認できました。これが標徴です。生産者は、「この症状はこれまで何回か見たことがあり、その時はべと病と診断されたので、今回もたぶんべと病だろう。」と思いました。しかし、一方で「べと病菌の複数のレースに抵抗性を持っている品種を使っているので、べと病にかかるはずはないのに変だな。」と思いました。これまで農薬は何も散布していないので、もしかしたら多犯性の灰色かび病かも、と考えて、病斑の出ている葉を普及センターに持ち込んで、顕微鏡でそのカビの分生子を見てもらいました。分生子の形は菌類(カビ)の種類によってかなり異なるので、似たような病徴であっても、分生子の形が分かれば原因菌を絞り込む有力な手掛かりになります。その結果、図2のCにあるように、レモン形の分生子が柿の木に実がなっているように着生していたのです。これはべと病菌の典型的な形態です。加えて、最近、県からホウレンソウべと病菌の新レースが発生したという植物防疫情報が出されていたことが分かりました。したがって、もし新レースであれば、既存のべと病抵抗性品種であっても発病する可能性は十分にある、ということになります。ということで、このケースではこの段階で「べと病菌によるホウレンソウべと病である。」ということが確定したことになります。しかし、これで終わりというわけにはいきません。今回の結果を受けて防除対策を考えなければなりません。べと病が発生した収穫直前のホウレンソウに適用できる防除薬剤はありませんし、そもそも商品としての価値がありません。そこで、べと病の伝染メカニズムを考えてみます。べと病は病斑上に形成された分生子が風に乗って飛んで拡散し、拡大していく病気です。ですから、ここでやるべきことは他の圃場のホウレンソウに感染拡大しないよう、発病株を含むベッド全体をロータリー耕の2度掛けでしっかりうない込む、あるいは深めの穴を掘って罹病株を埋め込むなど、土壌埋設処理することです。同時に、この圃場の並びに、まだ収穫まで間がある生育中のホウレンソウがあれば、二次感染あるいは感染拡大を防止するために、これらのホウレンソウにべと病防除薬剤を早々に散布します。また、この圃場の土壌には耐久性の高い卵胞子が残存しているはずなので、今後、同じ圃場でホウレンソウを栽培すれば再びべと病が発生することが予想されます。ですから、しばらくはこの圃場ではホウレンソウは作付けしないこと、もし作付けせざるをえないのであれば何らかの方法で土壌消毒してから栽培する、というような長期的視点での防除対策まで考えおく必要があります。そして、防除対策を講じた後、期待通りの防除効果が得られたかどうかを検証して、完了ということになります。

図2.ホウレンソウべと病

 上記のケースは、ホウレンソウというメジャーな作物のよく知られた病害で、発生時期や病徴もはっきりしていて、病原菌を分離しなくても顕微鏡観察程度で同定できるケースですが、発生頻度の低い病害やこれまでに報告がない新病害が発生した時にはそう簡単にはいきません。このような場合は、普及センターに連絡し、県や国の農業試験場の病理担当部署と、場合によっては地域の大学等とも連携して、病徴組織から病原体を分離・培養し、PCRなどによる遺伝子診断なども活用した本格的な診断・同定作業を実施することになります。
 一般に菌類や細菌類による新病害の場合には、基本的にコッホの原則にしたがって、原因となる病原菌を分離し、正確に同定する必要があります。コッホの原則とは、20世紀の初めにドイツのコッホ博士が提唱したもので、具体的には、①病徴が認められる部分から何らかの微生物が検出され、②その菌を分離・培養し、③もとの植物に接種すると同じ病徴が再現され、④その接種した組織から同じ微生物が検出される、という一連のプロセスのことをいいます。この4条件がすべて満たされて初めて、その病気の原因となる病原菌である、ということができるのです。コッホの原則に関する細かい技術的手法などについては、ここでは省略させていただきますが、興味のある方はインターネットに多くの関連資料がありますから、それらを参照してください。
 ところが、ウイルスに対してはコッホの原則をそのまま適用することはできません。ウイルスはすべて絶対寄生、つまり人工培養ができないためです。したがって、ウイルスの同定は、現在、遺伝子診断をベースにして、血清反応を利用したイムノクロマト法や電子顕微鏡を使った粒子構造解析の他、アカザ、タバコ、インゲンなどの指標植物を利用した生物検定など、複数の手法を組み合わせて実施します。これらのうち、イムノクロマト法は、ヒトのインフルエンザや新型コロナの診断で使っているものと同じ方法で、現場で簡単にできる検査キットが市販され、普及が進んでいます。図3に私が行ったトマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)に感染したトマトの葉の検出結果の例を示しました。方法は簡単で、0.2gほどの小さな病徴組織を切り取ってきてキット付属の小さなビニル袋の中に入れ、指先でつぶし、出てきた汁液をウイルス検出用のストリップ(細紙片)が組み込まれているカセットの受けに数滴落とすと、汁液がストリップにしみ込んで行きます。15分くらい待つとストリップの先まで汁液がしみこんでいくので、ウイルスが存在すれば2本のバンドが(図3-A)、いなければ上の1本のバンドだけが(図3-B)見えてきます。この方法を使えば、葉での病徴があいまいでも明確なバンドとして検出されるので、病気の発生現場で判定することができます。現在は、多くの植物ウイルスだけでなく、トマトかいよう病菌などの細菌も検出できる多種類の検査キットが販売されています。これらを使えば生産現場で信頼性の高い診断をすることができます。

図3.イムノストリップによるトマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)の検出結果

 診断・同定には数多くの現場経験が必要です。農学3原則である「現場、現物、現象」について、皆さんが普及指導員や農業試験場の研究員、あるいは地元農学部の植物病理学研究室のスタッフの協力を得ながら場数を踏んでいけば、通常発生するほとんどの病害は診断できるようになります。しかし、診断・同定を間違ったときのダメージは計り知れません。そこは常に慎重にかつ謙虚に対応する、というのが勘どころです。

(参考文献)

眞山滋之・土佐幸雄編(2021)「植物病理学(第2版)」 p.144-153.文永堂出版.
コスモバイオ株式会社 AgriStrip(アグリストリップ)(植物病原体検出イムノクロマ)
株式会社ファスマック Agripalette(アグリパレット)(植物病原検出キット)