2.経営的に制約のある中での耕種的防除法
連作を前提とする施設栽培や作型を変更できない指定野菜産地制度の下での栽培などでは対象病害を絞った耕種的防除法が求められます。
(1)抵抗性・耐病性品種の利用
抵抗性品種は、病原菌の感染・増殖を許さない主動抵抗性遺伝子を導入して育成されます。そのため、感染性・伝染性の強い病害に対しても有効で、経済的にも労力的にもその導入効果は極めて高く、かつ有効です。これまではコメやムギ類、ダイズ、ジャガイモ、トマトなどのメジャー作物を中心に実用的な抵抗性品種が育成されてきました。また、抵抗性の程度がマイルドな遺伝子あるいは効果の小さな抵抗性遺伝子を集積して育成した品種は耐病性品種と呼ばれます。この場合、病原菌にはある程度感染してしまいますが、適切な栽培管理と組み合わせることによって被害を最小限に抑えることができます。最近では、品質が重視される野菜類や果樹類でも抵抗性品種に加えて耐病性品種の育成がかなり進んでおり、防除回数の低減化に寄与しています。
抵抗性品種を使う上で最も注意しなければならないのはレース分化対策です。レースとは、同じ病原菌のうち特定の品種だけを侵すことのできる系統のことを言います。このレース分化に対応できる防除手法として、イネ、コムギ、エンバク等では、多系品種(マルチライン)の利用が実用化されています。
マルチラインは、異なる抵抗性遺伝子を有する同質遺伝子系統品種を育成し、これらを最適な割合で混合して利用します。新潟県はコシヒカリ新潟BLシリーズ11品種を育成し、その中から数年ごとに県内のイネいもち病菌のレース構成に合わせて4品種を選び、それらをマルチラインとして作付けする、という取組みを2005年にスタートさせました。図2は、横軸に1990年から2019年までの年度、縦軸は棒グラフでいもち病の発生面積率を、折れ線グラフで防除面積率を示しています。いずれも緑色は葉いもち、赤色は穂いもちのデータです。1990年から2004年までは従来のコシヒカリを作付けしていた期間、2005年以降はコシヒカリのマルチラインを本格導入した期間です。このグラフからも明らかなように、マルチラインを本格導入した2005年以降、いもち病の発生圃場面積率は、葉いもち、穂いもちいずれも1/5程度に抑えられ、防除対象面積も葉いもちで半減、穂いもちでは1/3まで減少しました。その結果、栽培全期間の農薬の使用回数は、慣行のコシヒカリ栽培での防除に比べ約25%削減され、その有効性・安定性が検証されました。コシヒカリのような時代・地域を超えて人気のある品種では大変有効な防除手法ですので、今後ともその活用が期待されるところです。
図2.新潟県における多系品種’コシヒカリBL’導入前後のイネいもち病(葉および穂いもち)の防除面積割合(%)及び発生面積率(%)の年次推移(新潟県病害虫防除所調査データから作成).
(2)接ぎ木栽培
病害防除を目的とした接ぎ木栽培は、キュウリ、トマト、ナス、ピーマン・トウガラシ、スイカ、メロンなどの果菜類で広く普及しています。果樹では、ブドウの土壌害虫フィロキセラ(ブドウネアブラムシ)対策として抵抗性台木の利用は必須ですし、近年はイチジクの株枯病対策として抵抗性台木の利用が進んでいます。いずれも接ぎ木することによって土壌病害を回避できるだけでなく、生産力や品質の維持・向上などの効果も期待できるため、キュウリとスイカでは、国内の作付面積の90%、ナスでは80%、トマトでも60%以上が接ぎ木栽培となっています(表3)。海外でも、施設園芸が盛んなオランダやヨーロッパ諸国、果菜類の生産量が多い米国などでも接ぎ木栽培の普及が進んでいます。
表3.果菜類における接ぎ木栽培の割合(%)
果菜類の場合、使用する台木は、ナス科果菜では栽培種に抵抗性因子を集積した品種か近縁種が、また、台木の特性が果実品質に影響するウリ科果菜では品目及び作型により異属・異種を含む台木品種が使われています(表4)。なお、ナス科果菜のトバモウイルス抵抗性については、穂木と台木でトバモウイルス抵抗性因子が違うと(たとえば穂木/台木=Tm-2a/Tm-1)、トバモウイルスに感染した時に全身えそが引き起こされることがあるので、穂木と台木とで同じ抵抗性遺伝子型(たとえば穂木/台木=Tm-2a/ Tm-2a )にする必要がある点で注意が必要です。
表4.果菜類で利用される主要な台木の種類と回避可能な土壌病害
接ぎ木方法についても技術開発が進んでいます。トマト青枯病の有効な防除対策として、通常より高い位置で接いで台木の長さを長くした高接ぎ苗(ハイレッグ苗)が開発され、市販されています。また、野菜類では、接ぎ木ロボットの開発や接ぎ木技術とセル育苗技術との融合によって、利用しやすい価格で接ぎ木苗が供給されるようになり、接ぎ木苗の世界的な普及に拍車がかかっています。
(3)対抗作物の利用
対抗作物とは、有害センチュウの生育・増殖を抑える物質を分泌または含有する作物のことを言います。代表的な例として、イネ科のギニアグラス(Panicum maximum)、マメ科のクロタラリア(Crotalaria spp.)、キク科のマリーゴールド(Tagetes spp.)などが知られています。クロタラリアとギニアグラスは、これらを作付けすることによってネコブセンチュウの増殖が抑制されます。マリーゴールドでは、ネグサレセンチュウがその根に食い入って吸汁すると、根に含まれるα-ターチェニールという物質により生殖機能が強く阻害されて増殖不能になり、死滅します。その効果は、とくにアフリカン種(T. erecta)で顕著です。図3にマリーゴールドとトマトをそれぞれ栽培したときの土壌中のネグサレセンチュウ数の変化を示しました。図からも明らかなように、5月中旬にマリーゴールドを植えると、 2ヶ月後の7月中旬にはネコブセンチュウはほとんど消滅してしまいます。たとえばダイコンの作付け前にマリーゴールド2か月程栽培すると、土壌中のネグサレセンチュウの密度が激減するので、後作で秋冬ダイコンを栽培しても被害はほとんど発生しません。ただし、対抗作物そのものからは直接的な収入が得られないので、対抗作物の栽培を輪作体系に組み込むためには労働力管理を含めた経営上の工夫が必要となります。
図3.キタネグサレセンチュウ汚染ほ場にマリーゴールド(アフリカントール)とトマトをそれぞれ栽培したときの土壌中のキタネグサレセンチュウ数の変化(大林1989より作成).
(4)混作
作物と特定の植物を混植することによって病害虫の発生が軽減される現象が経験的に知られています。そのような効果を有する植物をコンパニオンプランツと呼びます。有名な事例として、栃木県でのユウガオの株元にネギを混植する伝統技術があります。古くからネギが混植されたユウガオ圃場では連作しているにもかかわらず土壌病害による連作障害が発生しにくいことが知られていました。この発病抑制メカニズムは科学的にも明らかにされ、混植したネギの根圏にPseudomonas属の拮抗細菌が定着・増殖していることやその根から直接的・間接的に病原菌の増殖抑制作用を有する含硫化合物が分泌されることなどが明らかにされ、その有効性が証明されてります。
(まとめ)
以上、さまざまな事例をあげて説明してきましたが、耕種的防除法は、人類が農耕を始めたときから長い年月をかけて試行錯誤しながら営々と積み重ねて体系化した「ローリスク、ローリターン総合技術」あるいは「地域ごとにさまざまな技術や工夫が組み込まれた持続可能な体系化技術」ということができます。しかし、その効果は特効薬的ではなく、不安定ですから耕種的防除だけで70億人を越える人類を養えないことは自明です。この課題を乗り越えるために必要なのが総合防除(IPM)です。次回は、これまで説明してきた4つの防除法の総合化・体系化技術としてのIPMについて解説します。
【参考文献】
「植物病理学(第2版)」p.173-179.眞山滋之・土佐幸雄編.文永堂出版.2021年.
木嶋利夫(2011).ネギ属植物や雑草との間・混作による作物病害の防除.雑草研究 56:14-18.