物理的防除

 物理的防除法は、太陽熱、蒸気、熱水などの熱の他、光質(色や波長)あるいは静電気等が持つ物理的作用を利用した手法で、適用範囲が広く、防除効果も比較的安定しているのが特徴です。また、生物的防除法や耕種的防除法との相性がよく、組み合わせて利用しやすいため環境にやさしい技術でもあります。ここでは、普及が進んでいる太陽熱消毒とその変法である土壌還元消毒および赤色防虫ネットについて紹介したいと思います。

 太陽熱消毒(英語ではsolarizationと言います)は、1970年代に我が国とイスラエルでほぼ同時に開発された土壌消毒技術で、シンプルかつ低コストで実施できるため、今や世界中に普及しています。処理自体は極めて単純で、夏に土壌表面を透明なポリフィルム等で密閉被覆して太陽熱を閉じ込め、その熱で土壌病原菌や害虫、雑草などを死滅させます。ただし、処理期間が3~4週間程度と長いこと、処理効果が天候に依存すること、熱が十分に伝わらない土層(およそ深さ20cm以下)は消毒できないこと、ウイルスにはほとんど効果がないことなど注意すべき点が多くあります。

 この点を改良したのが土壌還元消毒です。これは(地独)北海道立総合研究機構・道南農業試験場で開発された太陽熱消毒の変法で、フスマや米ぬか等の微生物分解しやすい有機物を土壌混和した後、すみやかに圃場容水量まで十分かん水してから太陽熱処理する手法です。そうすることによって、30℃程度の低い土壌温度条件でも、有機物を混和した土層まで、より確実に、より短期間(2週間程度)で消毒できるようになります。一般的な処理手順例を図1に示しました。フスマまたは米ぬかを土壌表面に散布した後、ロータリー耕などで耕耘して土壌とよく混和します。次に圃場容水量までたっぷり水を撒いて(100~150L/㎡)から、すみやかに土壌表面を透明なフィルムで密閉します。フィルムは使い古しでもよく、穴があいていた場合にはテープでシールすればOKです。処理後数日たってどぶ臭がしてくれば土壌の還元化は成功です。

図1.土壌還元消毒の実施手順.

 土壌に処理する有機物については、これを土壌微生物のエサ、すなわち炭素源と考えた場合、代替資材として土壌浸透性が高い糖蜜や1%程度の低濃度のエタノールの利用も可能となります。実際、低濃度エタノールの利用について農研機構が主導して行われた実用化研究では、通常の土壌還元消毒と同等の処理効果があることが明らかにされました。その事例として、私が神奈川県農業技術センターに在籍していた時に、キュウリのネコブセンチュウ対策として低濃度エタノールによる土壌還元消毒実験を実施した時の結果を図2に示しました。図2からも明らかなように、低濃度エタノール処理区では薬剤(D-D)処理と同等かそれ以上の高い防除効果が確認されました。トマト栽培では、最近、糖含有珪藻土を使った土壌還元消毒と高接ぎ木苗の利用(耕種的防除法)を組み合わせた栽培体系により、難防除病害である青枯病をほぼ完ぺきに防除できるようになっています。このように土壌還元消毒手法はまだまだ進化しており、さらなるバージョンアップが期待されるところです。

図2.キュウリ栽培における低濃度エタノールを用いた土壌還元消毒処理効果.
2008年8月13日、1% エタノールを180L/m2処理
→ 9月8日(26日間)
→ 9月30日定植→12月26日まで栽培

 ところで土壌還元消毒による殺菌メカニズムが気になります。これまでに門馬ら(2017)の研究により、土壌中に生息している多様な微生物が土壌に混和された有機物をエサに急増殖する過程で土壌中の酸素が消費され還元状態になって病原菌が死滅すること、加えてこの還元化が進む過程で酢酸や酪酸等の抗菌性物質が生成したり、鉄がイオン化したりすることなどが関与していることが明らかにされています。そういう意味では、土壌還元消毒は土壌微生物を利用した生物的防除法ともいえます。実際、英語では、土壌還元消毒は「Biological Soil Disinfestation(BSD)」とも呼ばれています。

 熱の利用以外では、光質制御も物理的防除法に含まれます。実用的には紫外線照射と赤色光カットがありますが、病害防除の面ではウイルス媒介害虫を植物体に近づけないようにするという点で赤色光カットはとても有効です。これは昆虫が一般に赤色を認識できないこと、すなわち見えないことを利用した害虫防除手法です。具体的には、赤色ネットでハウスなどの施設の開口部を覆うと、ウイルスを媒介するアザミウマやコナジラミ類などの微小害虫は赤色防虫ネットの先が真っ暗で見えないため寄りつきにくくなります。そのため一般的な1mm目合いのネットでも、赤色の糸を使ったものであれば彼らの侵入をより効果的に防ぐことができるのです。なお、赤色光をカットしても中の植物体の生育には影響しないことが確認されています。すでにこの仕組みを利用した赤色防虫ネットが開発・市販され、すでに全国規模で普及が進んでいます。皆さんの中には、電車の窓からハウスなどの施設の周囲が赤色ネットでおおわれている景色をご覧になって、おやっと思われた方も多いかと思います(図3)。

図3.赤色防虫ネットを利用した微小害虫の効果的な防除.

 以上、熱の利用と赤色光カットによる物理的防除法についてご説明しました。次は、主に微生物の力を利用した生物的防除法についてお話しします。

【参考文献】

門馬法明(2017).土壌還元消毒の普及の現状と今後の展望.土と微生物.71:24–28.
農林水産省(2021).低濃度エタノールを利用した土壌還元作用による土壌消毒 実施マニュアル(第1.2版)
德丸晋・伊藤俊(2018).新型赤色系防虫ネットの各種微小害虫に対する防除効果.植物防疫 72:158-161.

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