同じ作物を連作するとできが悪くなる現象を「連作障害」といいます。これは「いや地」とも呼ばれ、一般に同種あるいは近縁の作物を続けて作付けしたときに生ずる顕著な生育障害、たとえば発芽はしたけれど、その後なかなか生育しない、生育しても途中から葉が黄色くなって枯れてしまう、花が咲き、実がなったけれどほんの少ししか収穫できない、などが実感できる連作障害の症状です。対策としては、同じ畑で異なる作物を順番に「輪作」するのが最も効果的なのですが、経済栽培を前提にした経営では、輪作の重要性がわかっていても同じ作物を同じ畑で連作せざるをえないケースが少なからず発生します。
ところが事例は少ないですが、連作しても作物生産に影響が出ない、あるいは土壌に病原菌がいるにもかかわらず土壌病害の発生が極めて少ない土壌が存在することが知られています。このような土壌を「発病抑止型土壌」と言います。ワタ立枯病では米国南部、ムギ類立枯病では南オーストラリアや米国中部、トマト萎凋病ではフランス南部のシャトールナール(Chateaurenard)地方、バナナのパナマ病では中央アメリカ諸国などで発病抑止型土壌の存在が認められています(Baker and Cook, 1974;駒田・小林、1983;小林、1985)。わが国では、アブラナ科根こぶ病で群馬県嬬恋村の下層土(褐色火山灰性土壌)が,また,ダイコン萎黄病で神奈川県三浦半島の黒ボク土が顕著な発病抑止性を有することが知られています。これまでの多くの研究から、これらの発病抑止型土壌には以下の3つのタイプがあることが分かっています(駒田、1980)。
①病原菌が定着できない土壌
②病原菌は定着するが発病が起きない土壌
③病原菌が定着し、初めは激しい発病を見るが、宿主作物の連作に伴ってやがて発病が激減する土壌
それでは、具体的な例で話を進めていきましょう。我国に分布する黒ボク土の中にはフザリウム病に対する発病抑止性,すなわち土壌中にフザリウム菌が存在していても発病が皆無か極めて少ないという特性を持つものがあります。中でも有名なのが先ほど紹介した神奈川県南東部に位置する三浦半島の黒ボク土壌です。三浦半島は,秋冬栽培される三浦ダイコンの国指定産地として、大正末期以来100年以上,毎年500ha規模の作付面積で秋冬ダイコンを栽培し続けてきました(図1)。これを可能としたのは三浦半島に分布する黒ボク土壌が持つ発病抑止性であると考えられています。駒田・小林(1983)は,埼玉県鴻巣市の沖積土を対照にして、三浦半島の黒ボク土の発病抑止機能をダイコンの6連作試験において検討しました。その結果,添加有機物の種類と量に関わりなく三浦半島の黒ボク土でダイコン萎黄病の顕著な発病抑制効果が認められました(図2)。なお,主要品種であった在来の「三浦ダイコン」は、消費者の嗜好の変化に対応して1980年代初めに「青首ダイコン」に全面的に品種転換されましたが,その後も萎黄病の発生は認められていません。これらの結果や事実は,三浦半島の黒ボク土はフザリウム菌が容易に定着できない土壌あるいはフザリウム菌に対し拮抗的に働く細菌や放線菌などが増殖しやすい土壌物理性を有していることなどを示唆しているものであり,大変興味深いところです。
図1 秋冬ダイコンが100年以上にわたって連作されている神奈川県三浦半島(左)と在来の三浦ダイコン(右).
図2 種類の異なる土壌におけるダイコン萎黄病の発生に及ぼす有機物添加の影響.埼玉県鴻巣の沖積土(上段),神奈川県三浦半島の黒ボク土(下段)での試験結果.駒田・小林 (1983)よりデータを抜粋して作図.
近年、マイクロバイオーム(微生物叢)解析手法が発病抑止型土壌の機能解明の研究にも導入され、どんな微生物がどのように関与しているかなどがしだいに明らかにされてきています(Sagova-Mareckova,M.ら, 2023)。畑から土を取ってきて、殺菌水で段階希釈して、それを選択培地に広げて生えてくる微生物の数を数えていたころを思い出すと隔世の感があります。しかし、マイクロバイオーム解析をもってしても、土の中で厳しい生存競争を生き抜いている微生物たちの生きざまの全容を理解するにはまだまだ時間がかかりそうです。発病抑止型土壌の研究を通して生物的防除法の防除効果を安定化させる方向での研究を進めるとともに、経済栽培に発病抑止型土壌が持つ仕組みをどこまで利用できるのか、その限界を明らかにするための社会学的な研究も必要かな、とも考えています。いかがでしょうか。
【参考文献】
小林紀彦(1985).土壌病害に対する発病抑止型土壌の存在とその抑止機構.植物防疫 39(6):271-279
駒田旦・小林紀彦(1983).種類の異なる土壌におけるダイコン萎黄病の発生に及ぼす有機物添加の影響.関東東山病害虫研究会報 30:69-72.
駒田旦(1980).土壌病害に対する発病抑止型土壌.植物防疫 5(1):117-124.
Baker, K.F. and Cook,R.J. 1974. Biological control of plant pathogens. W.H.Freeman, San Francisco. 433 pp.
Sagova-Mareckova, M., M.Omelka and J.Kopecky (2023). The golden goal of soil management: disease suppressive soils. Phytopath.113:741-752.