2.光合成産物の転流・分配の測定法
まず、この研究を進めるために必須の光合成産物の測定法についてお話します。
1)14Cラジオアイソトープ(放射性同位体)を用いたトレーサー法による解析
はじめて聞く方にはちょっと面倒な方法を使っていると感じるかもしれないのですが、これは放射性同位体を使う方法です。そして、この方法では試料の準備も含めていろいろ行うことがあります。その点も含めて紹介したいと思います。
解析法の流れを簡単に書きます。まず最初に行うことは、自然界に存在する12CO2と自然界にはほとんど存在しない14CO2を一定の比率で混ぜ合わせた空気を作ります。次に、その混合空気を、葉を入れた密閉したチャンバー内に放出し、葉で光合成をさせた後、生産された光合成産物の転流量と分配量を測定します。これだけみると簡単そうに感じるかもしれませんが、実際はとても手間がかかります。近年、測定方法も改良され、一度に大量のサンプルを解析することができるようになったようですが、光合成産物の動態解明という研究に誰も取り組んでいなかった頃の解析の大変さと楽しさを、とくに若い人にぜひ知ってもらいたいと思いましたので、少し丁寧に解説することにします。
まず、この時に用いる14CO2ガスは、Na2CO3とNa214CO3を一定比率で水に溶かした液を密閉チャンバー内の容器に一定量を与え、その上から(乳)酸を滴下して炭酸ガスを発生させる方法で作ります。
次に、一定時間、密閉チャンバー内に置かれた葉(ソース)に14CO2を施与して光合成をさせます。一定時間(多くの場合は夜間)後に植物体をサンプリングし、葉、根、茎、果実及び生長点等の各部分に分けて、各部位を乾燥させ、乾物重等を測定した後、各部位を粉砕して粉末にします。このようにして調整したサンプルをサンプルオキシダイザー内で燃焼酸化し、発生した14CO2をエタノールアミン液に捕集し、液体シンチレーションカウンターで各部位に存在する14Cの放射線量を測定します。14Cは極微弱な放射線(β線)しか出さないため、上記のような複雑な経過をたどって測定する必要があるのですが、半減期(放射性同位体が放射性崩壊によって半分が別の核種に変化するまでにかかる時間)が長いため、凍結乾燥や高温乾燥等によるサンプルの長期保存が可能であるというメリットがあります。そのほかに、11C放射性同位体を用いる方法があります。これは、放射線が強く容易に検出が可能なことから、同一個体で繰り返しの実験が可能ですが、半減期が20分前後で保存が利かないというデメリットもあります。また、13Cは非放射性同位体であるため、実験場所、方法に制限はありませんが、精度の高い分析には適していない面もあります。
その14Cの分析結果の計算式は以下の通りです:
転流率=(ソース葉を除いた植物体全部位から回収された14C量/全植物体から回収された14C量)✕ 100
分配率=(各部位か回収された14C量/ソース葉を除いた植物体全部位から回収された14C量)✕ 100
RSS(相対的シンク強度)=各部位の比放射能/ソース葉を除いた植物体全体の平均比放射能)✕ 100
=各部位の分配率/ソース葉を除いた植物体全体における乾物重の分配率)✕ 100
転流率とは、14Cの回収によりソース葉(14C施与された葉)から転流した分であり,分配率とは、転流された14Cの各部位間での分配比率を意味します。
次に、相対的シンク強度であるRSSの概念について解説します。まず、転流率、分配率の結果を解析するにあたり、「分配率の高い部位は、シンクとして活性が高いか」ということが疑問として持ち上がってきました。これは、通常、生長点部はシンクとして活性は高いものと考えられるのですが、分配率で見ると必ずしも大きな数値にはならない場合があるのです。たとえば、果実肥大期等には果実への分配率は50%以上になるのに対して、生長点部への分配率は1%以下の場合があるなど、生長点部への分配率は大きく変異することが認められました。一方、生長点部の比放射能(単位乾物重あたりの放射能)は分配率が低くても高い数値を示すことが認められています。そこで、各部位の比放射能を調べ、個体内のシンク・アクティビティを相対的に比較することにしました。しかし、その方法には問題もあります。それは、一定比の放射能の14CO2をチャンバー内で施与しても、葉の葉面積、光強度及び時間等を同一にすることは不可能ということでした。そこで、面倒なことなのですが、個体間の比放射能の絶対値を求めてから相対的な比率を求めることにしました。ここで、読者の方は混乱しているかと思いますが、我慢して読んでください。最終的に、この方法によって、個体間の相対的比較が出来るようになりました。こうした取り組みの結果、乾物重の分配率の低い生長点等では、14Cの分配率が低くてもシンク・アクティビティは低くないことが認められました。同時に、相対的非放射能が、相対的なシンク強度を示唆する指標となることがわかりました。
次回は、14CO2施与方法等について紹介します。