トマトの生育予測、収穫日予測、収量予測の取り組み

遠藤隆也会員(以下、遠藤):
 ここまで、トルコギキョウの取り組みに関連していろいろお話をしましたが、次に、トマトで行った取り組みについて、お話したいと思います。

 2015年から、静岡県のある大規模太陽光型植物工場(養液栽培)に3年間(10作)通って、施設内のCO2濃度、多地点の光量子量、気温、湿度などの「環境データ(説明変数)」を自動測定して、これをクラウド共有するとともに、トマトの生育量、開花日、収穫日、収量などの「教師データ(目的変数)」を人手で観測・測定することで、「環境データ」と「教師データ」とのデータ分析を行いました。当時、収量は「積算温度」で予測できる一般化した式が使われていました。ところが、その式は夏季には適用できません。暑すぎると蒸散を防ぐために葉の気孔が閉じてしまうからです。暑い現場で汗を流して植物を観察しながら実験していると、毎日の単純な「積算温度」だけでは予測できないことが直感的にわかります。そこで、当時の現場では、「光量子量と温度」を使うことで、1年を通じて予測誤差の少ない予測式を作成しました。なお、ここでの「生育予測、収穫日予測、収量予測の取り組み」の研究基盤となった内外の調査研究対象の施設栽培/圃場の例を図1に示します。

図1.「生育予測、収穫日予測、収量予測の取り組み」の研究基盤となった内外の調査研究対象圃場の例.

 この調査研究のなかで、オランダWageningen大学では、「トマトオランダの多収技術と理論: 100トンどりの秘密」の著者Heuvelink先生と議論をしたことは、特注すべきことです。また、オランダ製環境制御装置メーカーPriva社での議論、クロアチアの最新超巨大施設(中の移動は自転車です!)でのトマト栽培方式、真冬のアイスランドでのトマト栽培方式などが参考になっています。さらに、国内のトマト施設栽培の諸先輩方の体験から教えて頂いた知恵・知識から刺激も得ましたが、これらの取り組みができたことに感謝しています。

對馬誠也理事長(以下、對馬):
 この試験は2015年から3年間取り組んだということですが、その後、ここで得られた成果がどのように、利用され、発展したかについて興味があります。その点を教えていただけないでしょうか。

遠藤:
 その1つが大規模太陽光型植物工場プロジェクトの成果です。このプロジェクトは大学と企業と県の試験所などからなる大きな共同研究で、企業が出した予算で取り組みました。そして、この成果は、まずは、予算を出して頂いた企業が経営する大規模太陽光型植物工場で利用されました。また、当時、収量は「積算温度」で予測する一般化した式が使われていましたが、このプロジェクトにより、毎日の単純な「積算温度」だけで予測できないことがわかりました。そこで、環境データとして「光量子量」も使うことにしました。この「光量子量と温度」を使う方式は、東北の復興プロジェクトでも行われており、東北のトマト栽培企業でも用いられています。

對馬:
 「積算温度」だけでは不十分で「光量子量」を使う方式を作り、それが現在も利用されているのですね。それで、ここで出てきた気象データの使い方に関して、以下の2点について教えていただけないでしょうか。
 わたしも作物を栽培する際には照度計を使ったことはあるのですが、ここで言っている「光量子量」というのは、従来、多くの農業現場で使われていた「照度」と異なると考えてよいのでしょうか。
 また、それまで光量子量が使われていなかったことについてですが、光量子量の測定が難しいとか、光量子量測定器が高いとか何か問題があったのでしょうか。

遠藤:
 光量子量は、単位時間あたりの光子の数を表す単位です。光合成は光子の吸収によって起こるため、光量子量は光合成速度に直接、影響します。光量子量の単位は、μmol m-2 s-1 (マイクロモル毎平方メートル毎秒)です。照度と光量子量は、光合成に影響を与える重要な要素ですが、同じものではありません。照度は人間の目に見える光の明るさを表すのに対し、光量子量は植物が光合成に利用できる光の量を表します。
 一般的に、照度が高くなるほど光量子量も高くなりますが、光の波長によって、照度と光量子量は異なります。植物が光合成に利用できる光は、主に青色(波長:400~500 nm)と赤色(波長:600~700 nm)の光です。そのため、同じ照度でも、青色光や赤色光が多い光の方が光量子量は高くなります。
 また、それまで光量子量が使われていなかったことについては、私には深くはわかりませんが、もしかすると、当時は積算温度でやっていれば良いという「認知バイアス」があったのかも知れません。

對馬:
 ありがとうございます。光量子を使うことは、光合成に関して、照度よりはるかに精度が良く、情報量が多いということがわかりました。いろいろ使えそうですね。それでは、次に、「最近の地球温暖化の影響で表出してきた高温データについては、削除して用いる」とのことですが、これはどういうことなのでしょうか。

遠藤:
 高温になると、トマトの光合成や呼吸などの生理機能が阻害され、生育が抑制されます。高温時の積算温度の計算方法は、研究機関や栽培農家によって独自に設定されている場合もあります。高温時の積算温度はあくまでも生育予測の目安であり、実際の生育状況は、品種、栽培環境、気象条件などの影響を受けるため、その取り扱いに注意が必要です。これまでは、あまり気にしていなかった高温データが、最近は多くなってきたということです。

對馬:
 この部分について、確認したいです。「あまり気にしていなかった高温データが、最近多くなってきた」ということなのですが、遠藤さんが取り組んだ時には、それを削除したということでしょうか。それと、地球温暖化に伴う「高温データ」と、普通に生じる「高温データ」とどのように仕分けできるのでしょうか。前者の定義のようなものはあるのでしょうか。

遠藤:
 私の取り組みは、3年間で10作(大規模養液栽培、環境制御、低段密植栽培)の栽培データ(播種日、移植日、開花始まり日、収穫開始日、最大収穫日、収穫最終日、毎日の収穫量)と環境データ(多地点での10分毎の光量子量・温度、CO2濃度など)を並べて、まず、環境データをデータアナリシスするために、下記の4つの「収量Yに関する計算モデル」について、ビッグデータ解析(重回帰分析、機械学習など)しました。

・MY1:Y1= g1(積算温度)=a1 + b1×T
・MY2:Y2= g2(積算日射量)= a2 + b2×P
・MY3:Y3= g3(積算日射量&積算温度:説明変数に相関なし)
= a3 + b3×T + c3×P
・MY4:Y4= g4(積算日射量&積算温度:説明変数に相関あり)
= a4 + b4×T + c4×P + d4×T×P

 ここで、温度データ(365日×3年×10分毎)が全体的にどのような形をしているのかを概観するために、各作ごとの温度ヒストグラムを描いてみると、まず、温度ヒストグラムの中に離れ値(極端な高温値)が見えてきました。光合成の観点からは、環境が理想的に制御されている場合には、積算日射量によっておおよその収穫量は比例すると予想されたのに、離れ値がみられるケースの場合には、収穫量はかなり少なくなっていました。
 そこで、「光量子量と温度ヒストグラム」を使うMY5を用いて、この収量の予測誤差が少なくなるように温度ヒストグラムのはずれ値や高温部分のところを削除しつつ、繰り返して重回帰分析をおこなってみて、解析してみた結果、1年を通じて予測誤差の少ない予測式とすることができました。

・MY5:Y5= h1(積算日射量&温度ヒストグラム)
= a5 + b5×T +Σc5i×Hi

 なお、光合成は、基本的に、「光」と「CO2」と「水」からなりますが、本実験では、「水」は養液栽培で毎朝、適切に養液管理をおこない、トマトの根に「水」が途切れることはなく供給しております。また、この実験区画では、「CO2」は通常の380ppmです(他の実験区画のCO2施用実験では、より大きな数値で実験をおこないました)。さらに、CO2濃度のほかに、夜温などの様々な解析もしております。

 地球温暖化に伴う「高温データ」と、普通に生じる「高温データ」との仕分け、前者の定義については、私は専門家ではないので今のところわかりません。

對馬:
 ありがとうございました。実に、多くの情報を基にモデルを使って試行錯誤して、有効なモデルをつくったことがわかりました。高温データの定義については、また別の機会にお話できたらと思います。