「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)」活動

對馬誠也理事長(以下、對馬):
 前回、長野県佐久穂町でのトルコギキョウ生産に関連した取り組みとその成果についてお話を伺いました。成功に至るまでに、ネットワーク化とコラボレーションを基盤とした「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)」活動のコーディネートに取り組んできたこと、そして、それが地域での活動のキーになることをお聞きし、技術を導入して利用されるまでには、実に多くの活動が必要であることを理解しました。読者の方々の中で、これから地域で活動したい方には、とても参考になったのではないかと思いました。
 さて、また悪い癖で、また、前回のお話に関していくつかお聞きしたいことが出てきました。そこで、次の取り組みのお話をお伺いする前に、これらのことを教えていただけないでしょうか。
 まず、『この町で初めて光ファイバーを自宅に敷設しました。役場ですら、光ファイバーがひかれていない時にです』とあるのですが、この点についてお聞きします。今でも、光ファイバーを使うには業者にお願いしてやっと設置できるかと思うのですが、当時、簡単に自宅に設置などできたのでしょうか。

遠藤隆也会員(以下、遠藤):
 当時、NTTは、デジタル、インターネット、そして光ファイバーの全国への拡大と普及を図るために、大々的なキャンペーンを初めていました。私は、田舎に来て、直ぐに、このキャンペーンに応募し、光ファイバーの敷設を申し込みました。ここでは、速いもの勝ちで、直ぐに工事をして頂いたということです。
 加えて、M-SAKUネットワークスは、このキャンペーンに協力していました。例えば、NTTの事業部門の方々からの依頼を受け、長野県のシニア大学講座(いわゆるリカレント教育講座のひとつ)、建設省(現国土交通省)の建設大学校(現国土交通大学校)で開催された国土地理院新入職員研修、さらに、JICA(独立行政法人国際協力機構)の研修センターで行われた海外の発展途上国の通信分野の指導者の方々向けの講習で、デジタルとインターネットの普及とそのPRに関する講義を、3年間にわたって行いました。
 じつは、私は、これより以前から、デジタルの普及と啓発に関する活動を続けて来ていました。いくつかの大学でも、講義を開講してデジタル技術と文化の浸透に務めていました。ある大学では非常勤講師で15年間ほど講義を続け、約5,000名の学生にデジタル技術と文化を伝えてきました。ここで、ドイツなどでも海外講演をしていたことを思いだしました。図1はその一例で、PCの父とよばれ、オブジェクト指向プログラミングの発案者であるアラン・ケイと一緒に講演した時のものです。

図1.デジタルの普及と啓発に関する活動の一例

對馬:
 では、つぎに、「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)活動」のコーディネートについてお伺いします。これにはたいへん興味があります。「実践の」という単語がつくことに意義があると思いますが、ここでお聞きしたいのは、実践の(コミュニティを)「コーディネートする」についてです。具体的に、どんなことを行うことでしょうか。「実践のコミュニティ」はとても重要な概念だと思うので、ここで整理できたらと思います。

遠藤:
 「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)」活動の基礎になっているのは、「活動理論」と「意識・行動の変容理論」です。ここでは、まず「活動理論」に関して説明します。
 M-SAKUネットワークスのホームページにも例をあげて示していますが、人々が何か活動を始めるようとするときには、まず、「私(主体)が始めようとしている活動とは何なのか」ということを深く掘り下げることが大切です。「活動」とは、「主体」が、「対象」とするものを望まれる「結果」に導くために、「道具」を使って、「集合体」を構成し、お互いに「分業」しあい、「ルール・規範」に基づいて実践する全体構造を示す言葉です。例えば、一般的な医療活動の構造は、図2のように表現することができます。

図2.一般的な医療活動の構造

 図2で示された活動を、より深く、地域住民をも巻き込んだ地域医療活動にしていくためには、図2の下中央にある【集合体】コミュニティの活動をより深化させていくことが肝要です。図3に一般的な医療活動の構造が深化した佐久の地域医療活動を示します。

図3 一般的な医療活動の構造が深化した佐久の地域医療活動の構造

 この三角の図の下中央にある赤矢印で示した「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)」活動では、ネットワーク化とコラボレーションを基盤としたコーディネーションが一番のキーになります。ここでは、「主体」、「対象(結果)」そして「集合体」の「三方一両得」を基本として、進めていきました。
 前回にお話ししたトルコギキョウプロジェクトでは、「集合体」の一つである研究所にとっては、農業という新しいジャンルの中で新しい研究テーマを見出していくということで、研究予算を獲得できます。「対象」となる農家は、その実験場を提供するだけで、お金を出さずに自分たちの栽培方法を改善でき、新しい技能伝承の方法を見出していくことができます。そして、コーディネーターである私自身(「主体」)は、無償の奉仕を通して、栽培方法を学べると共に、地域の情報のエコロジーや栽培方式のマルチメディア化の研究をすることができるのです。そして、その後、これらのものが大きなプロジェクトや農業イノベーション大賞選考委員としての基盤となりました。

對馬:
 つまり「実践のコミュニティをコーディネートする」とは、関係者全員がwin-winの関係になるようにコーディネートするということだということですね。確かに、言われてみると、関係者の誰か一人だけが得をするということでは全体は動かないと思います。そういうことですね。

遠藤:
 そうですね。