對馬誠也理事長(以下、對馬):
ここからは、遠藤さんが長野県で取り組んでこられたことについてお聞きしたいと思います。遠藤さんは略歴の中で「農業IoT、健康、気象、行動変容など「人間+AI」研究のスローなユビキタスライフを満喫している」と書いておられますが、これをみて最初に感じたのは、一人で多くのことに取り組んでおられることでした。たとえたくさんのお仲間がいることは想定できても、一人でこんなに多くのことができるものなのでしょうか。個々の内容をお聞きする前に、どのようなスケジュールでこんなに多くのことに関わることができるのか、あるいはお仲間の方に協力を得て取り組んでおられるのかなどについて教えていただけないでしょうか。
遠藤隆也会員(以下、遠藤):
「M-SAKUネットワークス」は、様々な人々とのネットワーク活動を基本にして活動しております。「スローなユビキタスライフ」の「ユビキタス」の部分が活動の基盤を支えているものです。「ユビキタス」の「外部脳」である「クラウド上のお客様/仲間毎のサイト」で、スケジュールが組まれ、それに基づいて議論がなされて、仲間と協働・コラボレーションがおこなわれています。
對馬:
それでは、一つ一つに順にお聞きしたいと思います。まず、最初に、「農業IoT」についてですが、どのような作物を対象にどのような取り組みを行ったのでしょうか。
遠藤:
では、まず、「トルコギキョウ栽培のセンサーネットワーク実験」の取り組みに関してからお話ししましょう。
2005年から10年間にわたって、毎年、町内の数千にもおよぶトルコギキョウのゴマ粒のような種を、楊枝をつかって播種し、発芽時の温度管理、移植、一番花の摘芯、そしてわき芽とりなどの作業を手伝ってきました。理想とする花芽・花姿を目指して、生長を支援するためのいわば「1本1本の世話」を行ないました。ここでわかったことは、結果となる収量と売上高は、環境データと世話の持続によって大きく異なるということです。
そこで、この活動の中で、NTTの研究所に協力をいただいて、環境データを取得するためのIoTとセンサーネットワークに関する最初の共同実験をおこないました。当初は、ハウス内におけるセンサーの配置場所、配置個数、測定頻度、必要な電池量などのパラメーターが分からず、環境データを取得するための測定を繰り返しながら検討を行い、5回にわたって配置変更やプログラムのアップデートを繰り返しました。図1は、その試行錯誤の結果、得られたセンサーネットワーク構成を示したものです。
図1.トルコギキョウ苗床とハウス内におけるセンサーネットワークの構成と
Androidアプリによるセンサーデータの可視化(例)に関する模式図.
對馬:
ありがとうございます。トルコギキョウは国内でも生産の多い花卉ですし、長野県はその産地と聞いています。「収量と売上高は、環境データと世話の持続によって大きく異なる」ことから、IoTを使うことによって安定した生産を目指しているということですね。
ここで、お聞きしたいのは、このような取り組みの結果、ここで得られた技術がどのくらい生産現場で活用されているのでしょうか。知りたいのは、IoTを使うことにより栽培が楽になったとか、あるいは収量が増えたなど、具体的に教えていただけたらと思います。
遠藤:
承知しました。ただ、このような取り組みができるまでにはそれなりに時間がかかりましたので、ご質問に答える前に、ここで少し時間を頂いて、この活動の背景についてお話しさせて頂きたいと思います。
私は、「小さな気づきを大切に」、「Be Here Now! (存在、ここ、今!)」、「(見えている現象の底流を流れている)オリジンに触れよう」を基本として、毎日を生きています。田舎に来てからの、「今」、「ここ」での「デジタルの胞子を播こう」活動は、まず、「デジタルって何?」、「田舎では、どんなところで使えるの?」という小さな疑問に応えるために、「デジタルを見える化」して「皆さんの気を引き」、「皆さんが気づきを深める」ことで、「意識の流れ(Stream of Consciousness)を変える」ことを目標に、その第1歩を歩み始めました。
まだ、SNSもWifiも殆ど使われていない時代の話です。そこで、最初に、この町で初めて光ファイバーを自宅に敷設しました。役場ですら、光ファイバーがひかれていない時にです。つぎに、自宅に役場の若者たちを集めて、一緒に町の名所を示した地図にQRコードを付けることで、ホームページで観光案内ができるシステムを構築し、これを公民館に展示しました。また、デジタルの仕組みと活動の背景にある活動理論、そして、意識/行動変容などに関する勉強会も開催しました。このために、これらの若者たちに協力してもらって、町の公民館にWifiをひき、当時では最新のパソコンを10台ほど購入していただきましたが、このデジタル情報環境が、この後に行われるトルコギキョウの栽培知識のデジタル化やIoTに関する共同実験の発表会などの普及活動の礎になったのです。
その後、自宅でも、近所の有機農家がもつ有機栽培のノウハウと知恵のマルチメディアデジタル化(クラウド化)、活動理論、そして意識/行動変容に関する勉強会や、町の健康管理センターの方々との活動理論などに関する研究会の開催などを続けていると、地域社会の「意識の流れ(Stream of Consciousness)」が、「これまで流れていた常識」から少しづつ変わっていくことが感じられてきました。
一方、このような地で農業の豊かな恵みを頂きながら生かされているものとして、少しでも何かお役に立てることはないかと思案しておりました。農業に関してはまだまだ素人でしたので、JA佐久浅間(佐久浅間農業協同組合)の準組合員にして頂き、農協によるベトナム視察旅行に参加しました。そして、そこで出逢った素晴らしい農家の方々に農作業を手伝わせて頂きたいとお願いしました。
一人は1反(10 a)あたり11俵の稲の収量をあげる米作の名人です(その後5年間、取り組んだ「農匠ナビプロジェクト」での収量は1反あたり9俵程度でした)。もう一人は、トルコギキョウの栽培を播種から始めようとされている農家の方でした(この方は、当時、佐久穂町会議員でしたが、後に町会議長までされた方です)。このころ、この町では菊やカーネーションの栽培が主で、トルコギキョウを播種から栽培されている方は殆どおられませんでした。
さて、この中での「小さな気づき」についてお話しましょう。それは、私たちは自然のエコロジー」の中で生きていますが、もうひとつ、その地域の歴史・文化的な構造での「情報のエコロジー」の中で生活しているということです。農家の方々は、この地域やその歴史・文化を口承、近所の先輩農家の体験談、そしてJA指導員や専門部会、県の試験所からのおしらせ、都会の出版物や無線放送などの情報環境に囲まれた中で、自身の歴史的過去の体験や活動などを頭に描きながら、現場での作業を行っている様子が観察されました(図2)。
図2.農業活動の情報生態:地域歴史・文化的な構造
(遠藤隆也、2012:農村地域のネットワーク.農業協同組合経営実務.2012年8月号).
對馬:
とすると、私たち自身を図2の左に描かれた茶色の人物だとすると、自分を取り囲む情報のエコロジーをどのように描くことができるかが肝ですね。
遠藤:
その通りだと思います。そして、このような情報のエコシステムの中に、私たちが開発していくものを埋め込んでいくわけです。
少しお話が長くなりましたが、ここから、ご質問された「どのように活用されているか」についてお答えします。
まず、前でご紹介したトルコギキョウの栽培を初めて行う農家さんとともに、1年間、自ら実践して栽培する過程を、「自分を観察」しながら、図3に示すようにワークフローの知識と知恵をマルチメディアで表現して、埋め込んでいくことにしました。
図3.トルコギキョウの栽培方法と共有すべき知識のマルチメディア表現(例).
このような活動を、トルコギキョウを栽培している農家の方々、これからトルコギキョウを栽培しようとしている農家の方々、町の農政係やJAの方、そしてNTTの研究所との共同研究という形で進めていきました。
このような活動を進めていくためには、ネットワーク化とコラボレーションを基盤とした「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)」をコーディネートすることがキーとなります。そして、この活動の中心となられたトルコギキョウ栽培の農家の方(佐久穂町会議員、後に町会議長までされた方)のご努力と、IoT等を使ってトルコギキョウ栽培に取り組んだことがきっかけとなって、佐久穂町では、24軒もの農家がトルコギキョウを作り始め、「トルコギキョウの町、佐久穂町」となっていきました。
この田舎での観察と体験が、後に農水省の「農匠ナビ」プロジェクトを進める中で、「匠の技の目的志向・階層構造モデル」、「匠の継承モデルと認知モデル」、「知識創造組織の動態モデル」、「匠の技継承、人材育成のための学びに環境場の構築」へと発展していきました(南石晃明 ・藤井吉隆(編)(2015):農業新時代の技術・技能伝承―ICTによる営農可視化と人材育成,農林統計出版,251P)。また、この田舎での観察と体験が、IoTを活用した大規模施設栽培プロジェクトの基盤となったのです。
對馬:
活動の中心となられたトルコギキョウ栽培の農家の方のご努力と、トルコギキョウ栽培でIoT等を使って取り組んだことがきっかけとなって、トルコギキョウの栽培農家が増え、佐久穂町がトルコギキョウの町になったということですね。目標を見事に達成したのですね。そのことがよくわかりました。そして、こうした取り組みが成功するために、ネットワーク化とコラボレーションを基盤とした「実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)」をコーディネートすることがキーになるということですね。とても勉強になりました。
実践のコミュニティ(CoP:Community of Practice)についての補足
現在、WXBC(気象ビジネス推進コンソーシアム)の中で、4つのCoPをコーディネートしながら、異常気象と気候変動に対応する農業について取り組んでいます。