對馬誠也理事長(以下、對馬):
前回、「デジタル通信サービスを提供しているとき、自分でデザインしたサービス仕様によってデジタルサービスが使われ始めると、ユーザーインターフェース(User Interface:UI)やユーザーエクスペリエンス(User Experience:UX)が基本的な課題として持ち上がってきていました」とお話されていましたが、まず、この点についてお伺いします。当時、どのような課題が持ち上がってきたのでしょうか。これには、現在でも私たちに役立つ情報が内包されていると思うのですが、そのあたりのことを教えていただけないでしょうか。
遠藤隆也会員(以下、遠藤):
では、まずユーザーインターフェースの課題に関してお話ししましょう。例えば、新しいデジタルサービスとして、デジタルファクシミリ通信サービスを実用化したときのお話です。この時には、我々(いわば技術者たちが)が中心になって新しい端末も開発し、このサービス仕様がお客様にこんな「新しい価値」を提供することができるはずだと考えて商用化をしました。多くのお客様には、受け入れられて加入数も増えたのですが、例えば、端末の紙の取替をもっと簡単にしたい、あるいは、表示画面のインターフェースをもっと分かり易くした方がいいなどなど、ユーザーインターフェースにおける課題がお客様から上がってきたので、次のVersion 2のサービスでは、これらの課題をもとにインターフェースを改善したりしながら進めていました。
對馬:
デジタルファクシミリ通信サービスは、私たちもたくさん使わせていただきました。しかし、開発者の遠藤さんらが商品化した後に、お客様から上がってきたいろいろな要望に対応してVersion 2を開発してきたのですね。「こんな新しい価値を、ユーザーに提供する」という技術者の熱い思いは事業にはとても大切だと考えるのですが、それだけで事業がうまくいくわけではないということですね。
この点については、現在においても同じように思います。一つの例として、よく破壊的イノベーションを行う際には、今まで世の中になかったものを世に出すのだから、必ずしもニーズを集める必要はないという一方で、世界初の製品が普及するためには、その後に利用者のニーズに対応した改良(持続的イノベーション)を繰り返し行うことが必要だと聞きます。ファクシミリの販売戦略はまさに上記のイノベーション戦略と合致するように思うのですが、当時もそのようなことを意識したのでしょうか。
遠藤:
はい、強く意識しており、これを進めていました。当時にはなかったサービスを提供するわけですから、研究開発側は、事業部側の方々と、毎週、毎週、何回も、何回も打合せを重ねました。また、自分達自身もユーザーになったつもりで、サービス仕様設計を毎週のようにバージョンアップし、私自身でも書類でのマネジメント管理をしておりました。加えて、実際にプログラム実装を進めるソフトウェア担当者の方々(研究所と複数メーカー)からのサービス修正要望・サービス詳細問い合わせ(これを「問処票:問題処理票」といいます)に対応しながら、書類でのマネジメント管理を通して、改善、改善の日々を過ごしておりました。ただし、全ての方々の要望を、決められたサービス開始日までに実装することはできませんので、方式設計担当責任者として、ホップ・ステップ・ジャンプ戦略を考案し、そのときまでに出来ないと判断した要望とVersion 1サービス後のユーザーの要望は、次のステップであるVersion 2で整理し、それに対応するために予算の確保に邁進しました。
次に、ユーザーエクスペリエンスにおける課題です。このサービスを提供している中で、インターフェースのレベルで改善に加えて、このサービスを企業の新たな価値としてイノベーションにつなげていきたい、すなわち、ユーザーの新しい体験につなげていきたいという要望がでてきました。これが、ユーザーエクスペリエンスです。例えば、同報通信サービスも好評でしたが、もっと大量に同報通信を活用することで、新しい体験を創り出したいとの要望があり、次のVersion 2ではサービス仕様を拡大させました。たとえば、ファクシミリ端末とデータセンターを繋ぎ、ネットワーク内で自動的に変換されて通信することで、新しい体験を創り出したのです。
對馬:
ここで、教えていただきたいことが出てきました。それは、ユーザーインタフェースとユーザーエクスペリエンスの違いです。ユーザーインタフェースのところで、「端末の紙の取替をもっと簡単にしたい」、「表示画面のインタフェースをもっと分かり易くした方がいい」などのお話が出ています。また、ユーザーエクスペリエンスでは、「ユーザーの新しい体験につなげたい」として、「もっと大量に同報通信を活用する」というお話が出ています。どちらも、ユーザーが「こうだったら良いな」という意味では同じように感じるのですが、両者にはどのような違いがあるのでしょうか。
遠藤:
ユーザーインターフェースとユーザーエクスペリエンスは、どちらもサービスやプロダクトと関連する用語です。ユーザーインターフェースは、サービスやプロダクトのレイアウトやデザイン、全体的な見た目など、客観的な対象を指します。ところが、ユーザーエクスペリエンスはそれらを通してユーザーが味わう体験であり、主観的な対象だと言えます。
例えば、ユーザーインターフェースは、
・入力コントロール(Input Control)のチェックボックスやラジオボタン、トグルなど、
・ナビゲーション・コンポーネント(Navigational Components)の検索フィールド、タグ、アイコンなど、そして、
・情報コンポーネント(Informational Components)の通知、メッセージボックス、ポップアップ画面などがあります。
これに対して、ユーザーエクスペリエンスに対応するものとしては、
・有用性(Useful)。たとえば、オリジナリティがあり、ユーザーのニーズを満たしているか、
・ユーザビリティの高さ(Usable)。ユーザーが使用しやすいかどうか、
・好ましさ(Desirable)、ビジュアル、個性、ブランドなど、ユーザーの情動への働きかけ、
・発見しやすさ(Findable)。ナビゲーション機能やロケーション機能によって、ユーザーが現在の状態をたやすく把握できるか、
・アクセシビリティへの対応(Accessible)。障がい者でも容易に利用できるか、
・信用の高さ(Credible)。ユーザーがプロダクトに対して信頼を置くことができるか、
などが挙げられています。
對馬:
次に、「ファクシミリ端末とデータセンターを繋ぎ、ネットワーク内で自動的に変換されて通信することで、新しい体験を創り出すこともおこなわれました」とのことですが、どのような新しい体験になったのか、具体的に教えていただけないでしょうか。
遠藤:
例えば、データセンターに蓄積されている統計数値データを、ファクシミリ端末のイメージ情報として変換出力するサービス(デジタルデータ情報から文字・イメージへの変換サービス)、紙に書かれている文字・イメージをデータセンターに送信すると、データセンターの入口で認識変換するサービス(文字・イメージからデジタルデータ情報へ変換される)があげられます。ファクシミリサービスとデータ端末を使ったデータサービスは別物としてとらえていたそれまでの体験が、お互いに相互につながることで、新しい体験、それが新しいビジネスにつながってきたのです。
このように、ユーザーインターフェースやユーザーエクスペリエンスの重要性については、その枚挙にいとまがないのですが、他の例も思い出しました。1995年に、マイクロソフトがパーソナルコンピューター(パソコン:PC)のグラフィカルユーザーインターフェース(Graphical User Interface:GUI)として、(当時、大きな話題となった)「Windows95」を発表・発売しました。この発売の前に、マイクロソフトのコンピューター・ヒューマンインターフェイス(Computer Human Interface:CHI)の専門家達は、ユーザーインターフェースやユーザエクスペリエンスの課題を徹底的に調査し、また、大勢のユーザが参加する実験調査を繰り返し、改善に改善を重ね、その発売にこぎつけたということです。
私は、当時、米国西海岸シリコンバレー(当時はまだ、Googleなどが有名でない時代)に調査出張した折に、シアトルにあるマイクロソフトのユーザビリティセンターを訪問しました。そこで、彼らが、およそ750項目ものユーザーからの要望を抽出し、そこにあるユーザビリティに関する問題をひとつひとつ解決し、そのほかにおよそ500の課題を解決した時点で、最初のバージョンWindows 95を市場に出したという苦労話をお伺いしたことを、つい昨日のように懐かしく思い出しました。
對馬:
「750項目ものユーザー要望を抽出し、そのユーザビリティの問題をひとつひとつ解決し、そのほかにおよそ500の課題を解決した時点で、最初のバージョンWindows 95を市場に出した」ということですが、これがどれほど大変なのか、もはや素人には想像がつかないのですが、マイクロソフトは商品化に当たってユーザーのニーズを徹底的に調べたということですね。
素朴な疑問ですが、ファクシミリやwindows 95の商品化には、どのくらいニーズを把握する必要があるのか、何か基準のようなものはあるのでしょうか。
IT業界では、アジャイル型の事業の携帯があるようですが、どの程度できたら商品化するかという問題は常にあると思うので、何かお考えがありましたら教えていただけないでしょうか。実は、わたしも仕事でアジャイル型で研究・開発を行っているものですから、教えていただきたいです。
遠藤:
商品化するための判断に必要な、「どのくらいニーズを把握する必要があるのか」、「何か基準のようなものがあるのか」については、私の今までの体験のレベルでは一般論を述べることはできません。
ただ、この質問に対しては、基本的に「どのようなビジネスモデル、ビジネスモデルパターン、ビジネスモデルイノベーションを考えているのか?」によって大きく異なってくると思います。
これにつきましては、当NPO主催で、2023年10月12日に開催した【リカレント塾(4)】第2回 生成AI・ビジネス講習会:「生成AIとビジネス第二弾 ~生成AIサミット最新情報、プロンプトエンジニアリング、データアナリスト代行、ビジネス事例など~」の「BMX(Business Model Transformation)Copilotメニュー」(テキスト241~247ページ)で示した、「[J]BMX-StartUp」(リーンスタートアップ、スケーリングリーン、リーンアナリティクスについて学習し、その勝ちパターンを参考にしつつ、御社の生成AIを活用したBMX活動をCopilotします)」(245ページ)の中でお話いたしましたが、今後、開催される講習会の中でも、また、お話したいと思います。