對馬誠也理事長(以下、對馬):
遠藤さんには、これまでも当NPO法人主催の講習会で、主として「AIの活用」に関して講義をしていただいたのですが、その時、わたしが特に印象の残ったのは、講義の中「認知科学」や「ヒューマンインターフェース」など、あまり聞いたことがない用語がかなりの頻度で出てきたことでした。とても新鮮だったのですが、その一方で、何回か聞いたのに、未だにそれらについて十分に理解できないところがあるので、いつかゆっくりお話を伺いたいと思っていました。さらに、遠藤さんの講義を聞いて、遠藤さんが日本のIT技術の進展に最も重要な「基盤となる技術の開発やその事業化」に深く関わってきたことを知りました。どんな分野でも、初めての事業化は大変だったと思います。遠藤さんのそうした経験は、現在、研究成果・技術の普及(社会実装)に苦しんでいる研究者・技術者・企業等の方々にもきっと役立つと思うので、遠藤さんの経験をぜひお聞きしたいと思い、今回の企画を考えました。
具体的には、遠藤さんの講義では多くの専門用語が出てくるので、これまでのブログの記事のように著者に文章を書いていただくのでは、ITやAI業界以外の人には十分理解できないと考えました。そこで、素人代表としての對馬が遠藤さんにインビューをするという形で行うことにしました。これからお付き合いいただけたらと思います。よろしくお願いします。
遠藤隆也会員(以下、遠藤):
こちらこそよろしくお願い致します。
さて、皆さんが暮らしている現代世界は、例えば、「デジタル社会」であるとか「情報社会」とか、「デジタル(Digital)」、「情報(Information)」という用語が普通に使われています。でも、それらの用語は、半世紀前(謂わば、「アナログ(Analog)」時代)には、一部の専門家の間でしか通用していなかった言葉・言語(Language)だったのです。
私は、(人類史的にも)とてもラッキーなことに、この「アナログ」から「デジタル」への変革期に青年期・壮年期を過ごすことができ、しかも、うれしいことに、その変革の一部を担うことができたのです。
對馬:
遠藤さんは、大学を卒業後、日本電信電話公社(後のNTT)の電気通信研究所に入社していますが、まず、この時代のお話を伺いたいと思います。経歴を拝見しますと、研究所では自動波形等化器の考案、PCM-FDM伝送の現場実験とこれらデジタルネットワーク(DDX)技術を用いたデジタル伝送路として実用化、ファクシミリ通信方式を方式設計し実用化などを行ったとあります。わたし個人は、研究成果や技術の社会実装がなかなか進まない状況をみているものですから、これらの技術が社会にどのように役立っているか、また社会実装に当たっての苦労話などありましたら、簡単に教えていただけないでしょうか。
遠藤:
2つの質問にそれぞれお答えします。
まず、「これらの技術が社会にどのように役立っているか」です。
私は、とてもラッキーなことに、大学では、デジタルの基本である「符号理論(Coding Theory)」、「情報理論(Information Theory)」の2つを学んで研究していたので、大学3年生の企業実習では、電気通信研究所の「無線符号伝送研究室(今のNTTドコモのオリジンのひとつ)」に配属されました。そして、電電公社入社後もその研究室などで、半田ごてを握りながらの手作りでのデジタル伝送の実験にチャレンジすることができたのです。
皆さんが毎日使っているインターネット。このインターネット無しでは今の世界は成り立ちません。でも、この「見えている世界(Visible World)」を支えているのは、謂わば、縁の下の力持ち、すなわちインフラストラクチャーとなっている「見えていない世界(Invisible World)」なのです。
このインフラストラクチャーの一番下にあるのが、デジタル符号である1,0,1,0,,,,を送受信するためのデジタル伝送路・デジタル伝送システムなのです。
私が、半田ごてを握って手作りで始め、何年にもわたって、試作を重ね、日本中の有線/無線中継所で現場実験を重ねたデジタル伝送システムが、またまたラッキーなことに、日本で最初のデジタルネットワークにおけるデジタル伝送システムに使われることになったのです。
日本最初のデジタルサービスである地方銀行間のデジタルシステムやファクシミリなどのデジタルサービスは、このデジタル伝送システム(その後、より高速に進化)のインフラストラクチャーの上で、人々には「見えている世界」となったのです。
今のインターネットでは、光ファイバーを使った超高速の光デジタル伝送システムが使われていますが、半世紀前のデジタルサービス初期の社会の変革の一部を担うことができたのです。
對馬:
「見えていない世界」の上に、「見えている世界」があり、遠藤さんは前者の構築に尽力されたということですね。そのおかげでわたしたちは、今、ITを簡単に活用できているということが良くわかりました。