「凍霜害は大気中で起きてんじゃない!作物中で起きてんだ!」

 晩秋から初春の寒い朝には、庭の花壇に霜が降ります(降霜)。このうち、晩秋から初冬に降りる霜は「初霜」、初春に降りる霜は「遅霜」と呼ばれており、凍霜害の発生する原因となることがあります。そこで、気象庁水戸気象台では、この凍霜害のリスクを最小限に抑えるために、「早霜・晩霜期に最低気温3℃以下」となる前日に「霜注意報」を発表します(水戸地方気象台:警報・注意報発表基準一覧表 令和5年6月8日現在)。

 しかし、霜注意報の予報通りに降霜があっても、必ずしも凍霜害が起こるとは限りません。「降霜」とは「作物の表面が水の凝固点に達したときに形成される氷の結晶」であり、これは『作物の表面を含めた大気中』の現象です。これに対して「凍霜害」は、作物の体内にある細胞が凍結することにより枯れる『作物中』の現象なのです。

 作物は、この凍霜害から身を守るために「低温耐性」という形質をもちます。これは、保温性の高い部位が低温に弱い部位を覆うことによって、部位を形成する細胞の温度を凝固点以下にならないようにする、あるいは、部位の細胞に含まれている溶液の濃度を変えることによって、細胞の凝固点を降下させる形質です。この形質によって、気温が氷点下以下になっても、部位の凍結による枯れた状態にならないようにしています。しかし、保温性の高い部位からの露出度や細胞の溶液の濃度は生育ステージによって変化するので、低温耐性の強度もまた生育ステージによって変化します。そのため、生育ステージのタイミングが悪く、低温耐性を獲得していないか、あるいは、獲得していても弱い場合に降霜に見舞われると、凍霜害が発生することがあります。 図1は、ぶどう「巨峰」の枝から発芽した芽に関して、生育ステージ毎に低温耐性の強度の指標となる安全限界温度を示したものです。

図1 ぶどう「巨峰」の生育ステージ別安全限界温度.
 生育ステージ別安全限界温度:生育ステージ別に採取した切り枝を1時間置いた場合,わずかでも凍霜害が発生するおそれがある花芽温度(閾値)(福島県,2022).

 そこで、凍霜害のリスクを最小限に抑える対策を実施するためには、対象作物の生育ステージの把握とともに、霜注意報が発表された時の作物の温度を把握することが必要となります。

 さて、注意報が発表される時には、圃場(栽培現場)で見られる大気現象には、つぎのような特徴があります。まず、地表面付近で放射冷却が顕著になります。この放射冷却という現象は、地表面や地表面付近にある物体の熱が放射によって失われることによって、地表面および地表面付近の大気が冷却する現象です。このため、大気は地表面付近から冷やされるので、地表面からの高さとともに気温が高くなる「気温の逆転」が形成されます。
 果樹や野菜の生産が盛んな中山間地域ではとくに、地表面付近で冷やされた空気は、周辺の大気よりも冷たく、重く、混ざりにくいので、山地斜面や谷間などに沿ってあたかも水のように流れ(冷気流)たり、窪地で溜まる現象(冷気湖)が発現します。このような時には、狭い範囲で大きな気温の差が生じることがあり、100mの高度の違いで気温の差が10℃以上に達することもあります。ですから、霜注意報が発表されても、私たちの見える範囲ですら、霜が降りるところと降りないところがある場合があります。これは、最寄りのアメダスなど気象観測地点の気温あるいは霜注意報発表の根拠となった気温と、圃場のの気温の値の差が決して小さくないことを示しています。

 また、地表面で放射冷却が強い時の特徴として、圃場の気温と作物との温度の差が大きくなることがあげられます。例えば、作物の温度を葉温と考えると、葉温 Tl と作物周囲の気温 T の差は下記の式で表すことができます(Monteith and Unsworth, 2013, P236)。

 この式から、葉温 Tl と圃場の気温 T の差は正味放射量 Rn によって決まることがわかります。放射冷却時にはRn は負の値となるので、葉温 Tl は圃場の気温 T よりも低くなります。さらに、放射冷却が強ければ強いほどRn の絶対値が大きくなるので、葉温 Tl は圃場の気温 T との差は大きくなります。中山間地域では、晴天、静穏で放射冷却が強い夜間には、葉温が圃場の気温よりも4~5℃も低いことがあります。ここでは、葉温を作物の温度として考えましたが、枝から発芽した芽など、ほかの部位の温度に関しても、同じように気温よりも低くなることが考えられます。

  以上のことから、凍霜害のリスクが高い夜は、放射冷却が強いので、とくに中山間地では、圃場の気温の予報値と実際の値、そして圃場と作物の温度の間で大きな差が生じることがわかります。そのため、霜注意報が発表に基づいて、作物の凍霜害を軽減する防霜対策を実施するにはかなりの不確実性を伴うのです。そこで、この不確実性を低くするためには、作物の生育ステージを把握することによって得られる低温耐性の強度、そして、霜注意報発表時に取得される圃場の気温と作物の温度を推定することが重要となります。

 作物の生育ステージとその低温耐性の強度に関しては、各県の農業関係研究機関が公表している凍霜害対策マニュアル(例えば、福島県、2022)で示されているので、これが参考になります。また、圃場の気温と作物の温度の推定には、放射冷却が強い日に圃場の気温と作物の温度の観測を行い、気象庁が発表する最低気温の予報値とここで得られた結果との関係を明らかにすることで、予報値から圃場の気温と作物の温度を推定法を構築することが必要だと考えます。

(参考)
 作物の温度の観測例として、福島県果樹研究所が行った「防霜対策時における花芽温度の観測(福島県農業総合センター果樹研究所平成18年度農業総合センター試験成績概要)」をご紹介します。図1で示した生育ステージ別安全限界温度(花芽温度で示されている)を防霜対策の指標として用いるために、福島県は花芽温度を推定するための観測方法(図2)を研究しています。この方法に用いたセンサーを図3に、この方法によって得られた観測結果を図4に示します。

図2 花芽の温度の推定に用いたTPE樹脂被覆汎用型サーミスタセンサー(下:CHINO・MR9301M05).
 熱電対による花芽温度と数種類のセンサーによる温度の比較観測により,花芽温度を近似するセンサーとして,TPE樹脂被覆汎用型サーミスタセンサー選択された.なお,推定誤差(RMSE)は0.17℃であった(福島県,2022).

図3 花芽温度を推定するための観測方法.
 TPE樹脂被覆汎用型サーミスタセンサーは、花芽の温度を測定するために、樹木の枝から出芽した花芽と同じ高さになるように設置された(福島県,2022).

図4 推定された花芽の温度の時間変化(○).
 比較のために,福島県果樹研究所内に設置した自動気象観測装置による気温(強制通風)(×)と風速(),百葉箱内の気温()を示す.
 この方法によって得られた観測結果から、夜間、晴天時には,強制通風温度計による気温の観測値と、この方法で得られた花芽の温度の観測値(推定値)との差が、最低気温出現時に約3℃に達することがあることがわかった(福島県,2022).