冬、つくばにある野菜直売店には、「寒締めほうれんそう(ちじみほうれんそう)」が並びます。通常のホウレンソウと比べ、葉や茎が縮み、しわが多く、肉厚でありながら柔らかく、色が濃いのが特徴です(写真1)。さらに、ホウレンソウ特有のえぐみが少なく、強い甘みを感じるのも大きな違いです(農林水産省)。

写真1.ハウス内での「寒締めほうれんそう」の栽培風景.このハウスがある岩手県八幡平市西根地区は、ほうれんそうの生産量では岩手県内でトップクラスを誇る(ハチクラWebより).(写真提供は伊藤ゆみさん).
「寒締めほうれんそう」が通常のホウレンソウより甘みが強いのは、寒い時期に特別な方法で栽培するためです。1つは、「収穫前の2週間から1カ月前にビニールトンネルを開放し、寒気にさらす」方法、そしてもう1つは、「収穫前に5日から2週間ほど枯れない程度に灌水を制限する」方法です。前者は、収穫前のホウレンソウに低温ストレスを、後者は、水(乾燥)ストレスを与えるものです。「寒い時期に、ホウレンソウが身を引き締めるようストレスを与える」。これが「寒締めほうれんそう」といわれる所以です。
ホウレンソウなど多くの作物の体は、約90%が水分で構成されています。低温ストレスを受けると、細胞間隙に含まれる水は部分的に凍結し、氷晶が形成されます。その結果、細胞間隙に含まれる水溶液の濃度が上昇し、細胞質の水を細胞間隙へ移動させる力が生じます。この力を浸透圧といいます。一方、水ストレス(乾燥ストレス)を受けた場合でも、根からの吸水が制限されると、細胞間隙の水が減少し、水溶液の濃度が上昇するために、同じように浸透圧が発生します。この状態では、細胞内の脱水が進み、水分を保持しにくくなります。そこで、ホウレンソウは細胞内の糖類(ショ糖など)やアミノ酸(プロリンなど)を増やすことで、細胞内と細胞間隙の浸透圧を調整します。これにより、細胞内から細胞間隙への水分の流出が抑えられると同時に、ホウレンソウの甘みが増すのです。
さて、肉厚で甘みの強い「寒締めホウレンソウ」をどうおいしく味わうか。加熱調理すると甘みが増すことから、おひたし(写真2)や卵とじにすると、甘みだけでなく、鮮やかな色合いやしっとりとした肉厚の食感も楽しめます。また、茹でたものをオリーブオイルで炒めて、肉料理の付け合わせにすると、鮮やかな緑色と焼き肉の香ばしい色とのコントラストが引き立ちます。

写真2.「寒締めホウレンソウ」から調理したおひたし(写真提供は渡部京子さん).