「凍霜害は大気中で起きてんじゃない!作物中で起きてんだ!」

2024年4月18日(改訂)

 晩秋から初春の冷え込んだ朝には、庭の花壇に霜が降ります(降霜)。このうち、晩秋から初冬に降りる霜は「早霜」、初春に降りる霜は「遅霜(晩霜)」と呼ばれており、作物の凍霜害が発生する原因となることがあります。そこで、気象庁では、この凍霜害のリスクを最小限に抑えるために「霜注意報」を発表します。この「霜注意報」は、早霜や遅霜が観測される時期の日最低気温が、基準最低気温(図1)以下と予報される前日に発表されます。

図1.霜注意報発令基準最低温度の分布(齋藤典之様より).

 しかし、霜注意報の予報通りに降霜があっても、必ずしも作物の凍霜害が起こるとは限りません。「降霜」とは「作物の表面が水の凝固点に達したときに形成される氷の結晶」であり、これは作物の表面を含めた『大気中の現象』です。これに対して「凍霜害」は、作物の体内にある細胞が凍結することにより枯れる『作物中の現象と考えられています(Michela Centinari, 2016)。

 作物は、この凍霜害から身を守るために「低温耐性」という形質をもちます。これには、保温性の高い部位が低温に弱い部位を覆う機能、そして、部位の細胞に含まれている水溶液(糖やアミノ酸の分子などが含まれている)の濃度を変える機能が上げられます。このうち、後者の機能は、細胞の凝固点を降下させ、部位を形成する細胞の温度を凝固点以下にならないようにすることで、気温が氷点下以下になっても、部位の凍結による枯れを防ぐものです。しかし、保温性の高い部位からの露出度や部位を形成する細胞の溶液の濃度は生育ステージによって変化するので、低温耐性の強度もまた生育ステージによって変化します。そのため、生育ステージのタイミングが悪く、低温耐性を獲得していないか、あるいは、獲得していても弱い場合に降霜に見舞われると、凍霜害が発生することがあるのです(Taiz et al., 2015)。

 図2に、ぶどう「巨峰」の枝から発芽した芽に関して、生育ステージ毎に低温耐性の強度の指標となる安全限界温度を示します。

図2. ぶどう「巨峰」の生育ステージ別安全限界温度.

 この生育ステージ別安全限界温度は、ぶどうの生育ステージ別に採取した切枝を用いた低温処理試験から、切枝が当該温度下に1時間置かれた場合に、被害がわずかでも発生するおそれがある温度です(福島県,2022)。ですから、この温度は、各生育ステージの切枝が、凍霜害を受けるか受けないかの閾値と考えられます。

 ここで、注意しなければならないのは、切枝の安全限界温度などの閾値となるのは作物の「温度」であり、大気の温度すなわち「気温」ではないということです。この作物の温度を葉温で代表すると、葉温 Tl と作物周囲の気温 T の差は下記の式で表れます(Monteith and Unsworth, 2013, P236)。

 この式から、葉温 Tl と圃場の気温 T の差は正味放射量 Rn によって決まることがわかります。降霜時は放射冷却が強いときが多く、この時にはRn は負の値となるので、葉温 Tl は作物周囲の気温 T よりも低くなります。さらに、放射冷却が強ければ強いほどRn の絶対値が大きくなるので、葉温 Tl は作物周囲の気温 T との差は大きくなります。中山間地域では、晴天、静穏で放射冷却が強い夜間には、葉温が作物周囲の気温よりも4~5℃も低いことがあります。

 枝の温度が、気温よりもどのくらい低くなるのでしょうか。ここでは、福島県果樹研究所が行った「防霜対策時における花芽温度の観測(福島県農業総合センター果樹研究所平成18年度農業総合センター試験成績概要)」をご紹介します。図2で示した生育ステージ別安全限界温度(切枝の温度で示されている)を防霜対策の指標として用いるために、福島県では、枝温度を推定するための手法開発に関する研究が行われています。これに用いられたセンサーを図3に示します。このセンサーは、枝の温度と数種類のセンサーによる温度の比較観測にから,枝の温度に近似する(枝の放射特性に類似する)センサーとして選択されたものです。なお、このセンサーによる枝の温度の推定誤差(RMSE)は0.17℃でした(福島県,2022)。

図3. 花芽の温度の推定に用いたTPE樹脂被覆汎用型サーミスタセンサー(下:CHINO・MR9301M05)(福島県,2022).

 このセンサーを用いた枝の測定の様子を図4に示します。このセンサーは、枝の温度を測定するために、樹木の枝から出芽した花芽と同じ高さになるように設置されました。また、この測定結果を図5に示します。

図4. 花芽温度を推定するための観測方法(福島県,2022).

図5 推定された枝の温度(○)と気温(×)の時間変化.枝の温度(○)は,図3で示したセンサーを用いて,図4の測定方法による測定値.気温(×)は,福島県果樹研究所内に設置した自動気象観測装置の強制通風筒式温度計による測定値.参考のために,福島県果樹研究所内の果樹圃場に設置した百葉箱内の気温(□)を示す(福島県,2022).

 この結果から、夜間、晴天時には,強制通風温度計による気温と枝の温度との差が、最低気温出現時には約3℃に達することがあることがわかります。そこで、凍霜害のリスクを最小限に抑える対策を実施するためには、対象作物の生育ステージの把握と、霜注意報が発表された時の作物の温度を把握することが必要となります。

  以上のことから、凍霜害のリスクが高い夜は放射冷却が強いので、圃場の気温と作物の温度の間で大きな差が生じることが考えられます。そのため、霜注意報が発表に基づいて、作物の凍霜害を軽減する防霜対策を実施するにはかなりの不確実性を伴います。そこで、この不確実性を低くするためには、作物の生育ステージを把握することによって得られる低温耐性の強度、そして、霜注意報発表時に取得される圃場の気温と作物の温度を把握することが必要だと考えます。