春の凍霜害

2023年4月1日(初稿)
2025年3月15日(修正)

1.凍霜害の実態とメカニズム

 今年(2023年)、東京では2月から3月にかけて気温が高く(図1)、気象庁標本木である靖国神社のソメイヨシノは3月14日に開花しました。この開花は平年より10日早く、昨年より6日早いもので、2020年、2021年と並び、統計開始以来、最も早い開花です(気象協会HP)。サクラの開花が早いことは、生物季節が早く進んでいることを示しており、農作物の生育ステージも同様に早く進んでいることが想像されます。例えば、山形県特産のおうとうの花は、例年、ソメイヨシノより1週間から10日遅れで開花します(味の農園HP)。山形市では、今年のソメイヨシノは3月29日時点で4月3日(気象協会HP)の開花予想(実際は、3月31日に開花しました(山形気象台HP))ですから、おうとうの花は、例年よりも1週間以上早い4月13日頃に開花すると予想されます

図1.2023年1月1日から3月14日までのアメダス東京(東京北の丸公園)における日最高気温,日平均気温,日最低気温の時間変化.縦軸は気温(°C)、横軸は日付橙色部分は気温が平年よりも高いこと,青色部分は平年よりも低いことを示す(農研機構 メッシュ農業気象データを基に作成).

 さて、東京でサクラの開花が早かった2021(令和3)年は、山形県でも3月から4月上旬までの気温が高く推移したため、おうとうなど果樹の生育も平年より早くなりました。ところが、4月中旬から下旬にかけて、上空に入った寒気が流入とそれに伴う放射冷却のために、最低気温が平年を大きく下回り、霜の降りやすい日が多くなりました。とくに4月11日、15日及び27日は、山形県各地で朝の最低気温は-2°C以下、ところによっては-5°Cになるなど、平年よりも5~7°Cも低い値となりました(図2)(山形県農業気象災害速報、2021

図2.2021年3月1日から5月15日までのおうとうの産地,村山に近いアメダス東根における日最高気温,日平均気温,日最低気温の時間変化.縦軸は気温(°C)、横軸は日付、橙色部分は気温が平年よりも高いこと,青色部分は平年よりも低いことを示す(農研機構 メッシュ農業気象データを基に作成).

 この低温により、県内30市町村で果樹を中心に農作物の凍霜害が発生しました。被害は、おうとう、りんご、西洋なし、かきなどいわゆる商品作物で大きかったことから、被害金額は県全体で129億円を超えました。このため、ふるさと納税返礼品にも大きく影響し、人気のあるおうとうが一時期、返礼品リストからその姿を消したそうです。
 この凍霜害は、果樹などの新葉や花芽の細胞間隙(細胞質の外側に含まれる水分が凍る(細胞外凍結)ことで発生します。このとき、細胞質の水が間隙に移動し、細胞内が脱水状態となるため、新葉や花芽が枯れた状態になります。これによって、着果数が減少し、生産量に大きな影響を受けるのです。
 果樹はこれに対応するため、細胞質と細胞間隙との間で浸透圧を調節し、新葉や花芽の温度が0℃以下となっても、細胞内の脱水を機能をもちます。
 しかし、この凍結耐性は生育ステージによって変化します。たとえば、山形県で栽培しているおうとう(佐藤錦)の場合、凍結耐性が機能する「安全限界温度」は、発芽期(発芽直後)では-3.0℃、花蕾露出期では-1.6℃、花弁露出期では-1.5℃、開花直前から満開期では-1.7℃、落花直後-1.1℃と、生育ステージが進むにつれて上昇します(福島県農業総合センター 果樹研究所,2013)。このように、新葉や花芽生育ステージが進むにつれて凍霜害に対してより脆弱になります。

2.凍霜害の成因とその特徴

 この凍霜害は、日没前から日出後まで雲がほとんどなく晴天で、風がとても弱くあるいは無風になる夜間に発生します。この時、地表面や地表面付近にある物体(植物も含みます)は放射によって熱を失うので、温度が低下する。これが放射冷却と呼ばれている現象です。これによって、地表面に接した大気が冷やさるために、地表面から高くなるにしたがって気温が高くなる気温の逆転(接地逆転)が形成されます。この冷やされた空気(冷気)は上空の空気よりも冷たく、重く、混ざりにくいので、地形や地表面の状態によって、あたかも水のように、高いところから低いところに流れ、窪地で溜まるという性質をもちます。この冷気の流れ(冷気流)のために、周囲より低い谷間、そして、大きな窪地である盆地底などでは低温となります(冷気湖)。
 また、わずかな距離や標高差、地表面の状態の違い、あるいは周囲の樹木や建物の有無によっても、気温に大きな差が生じます。例えば、みなさんの農園と近くにあるアメダス気象観測所との気温差が5°C以上になることがあります。傾斜地など複雑な地形にある農園では、農園内の中で気温差が2~3℃になることがあります。農園内の家屋や樹木付近では、周辺と比較して気温が2°Cほど高くなることもあります。

3.凍霜害軽減のために凍霜害マップ(凍霜害危険度地図

 以上のことから、地形と気温の分布、さらには作物の生育ステージとそれによって変化する凍霜害に対する安全限界温度(凍結耐性)を考慮することにより、各地点の凍霜害リスクの大きさを「凍霜害危険度地図」として地図上に示すことができます(図3)。

図3.ドイツ南部Donaueschingen地域における「凍霜害危険度地図」.ブドウ畑の葉の初霜被害(葉の変色状態から判断)の分布をもとに,地形と気温分布を考慮して作成されている.1は川,2は鉄道,3は軽い凍霜害,4は中程度の凍霜害、4は強い凍霜害が懸念される地域を示す.ここは,シュヴァルツヴァルト(黒い森)内に位置する地域で,ドナウ川の源流の地として知られる(吉野, 1957を改変)

 私は、この「凍霜害危険度地図」を農家一軒一軒でことに作成して、降霜時に農園内で霜害リスクとその分布を把握することをお勧めします。
 凍霜害危険度地図を作成するためには、まず、降霜が発生する可能性のある夜間に、農園内の代表的な地点で気温を測定します。加えて、近くの気象観測所の観測値や、気象情報で発表される予報値との差を確認し、局所的な気温変化の特徴を把握します。
 つぎに、谷間や窪地など農園内で冷気の溜まりやすい場所で気温を測定し、代表する地点との気温差を求めることで、農園内の凍霜害リスクの高い地点でを把握します。この時に、気温を測定した地点付近で栽培されている作物の生育ステージの把握し、できればの新芽や葉の温度も測定しましょう。
 そして、これらの結果を生育ステージごとに地図上に示して、「凍霜害危険度地図」としてまとめます。

 このように、農家一軒一軒で作成した「凍霜害危険度地図」から明らかになった凍霜害リスクをもとに、霜注意報発令時には、以下の対策を実施します。
1.気温の監視:霜注意報発令時には、農園を代表地点や凍霜害リスクの高い地点での気温の観測と、最寄りの気象観測点やメッシュ気象値から推定した気温の取得。
2.気象情報の確認霜注意報や天気予報などの気象情報の確認とそれによる低温リスクの評価。
3.防霜対策の実施「凍霜害危険度地図」を活用した、防霜ファンの稼働、燃料資材の活用、そして散水などの対策の実施。
 上記のように、「凍霜害危険度地図」を組み合わせることは、凍霜害リスク軽減にとってとても効果的であると考えます。