平成の農業気象災害

(2019年10月執筆/2022年8月加筆修正)

 今年,2019年4月30日をもって「平成」が終わり,5月1日から「令和」となりました.1989年1月8日に始まった「平成」は,30年と3ヶ月22日(11,069日)続き,その幕を閉じました.この平成は戦後の高度経済成長時代からの転換期と位置付けられ,農業においても,食糧管理制度の廃止,農家経営の規模拡大・法人化,農産物の貿易自由化とグローバル化の中での,農家戸数の減少,耕作放棄地の増加,そして食糧自給率の低下という激動の時代でした.ここでは,農業にとって激動の時代であった平成における農林水産業災害について,大臣官房文書課災害総合対策室のサイトに掲載されている「これまでの災害情報」をもとに振り返ることにします.

 この「これまでの災害情報」では,おもな異常気象現象や火山噴火,地震などの現象に関して,農林水産業の被害件数と被害金額が年毎にまとめられています.第1図は,この資料をもとに,平成元(1989)年から平成30(2018)年までの被害金額を年毎にまとめたものです.

図1 農林水産業の被害金額の経年変化

この図からわかることは,

  • 平成3(1991)年,平成5(1993)年,平成16(2004)年,そして平成23(2011)年の4カ年は被害額が1兆円を越えた.
  • 平成元(1989)年から30年までの30年簡に被害額が5,000億円を越えた年は10カ年ある.このうち,平成元年から16(2004)年までの16年間(平成前期)では8カ年であったが,平成17(2005)年から30(2018)年までの14年間では2カ年のみであった.
  • 平成28(2016)年以後,被害額が増加傾向にあり,30年には,再び5,000億円以上になった.

などです.

 では,まず,被害額が顕著な平成5(1993)年と平成23(2011)年に注目しましょう.
 平成5年は,「平成の大冷害」と呼ばれる冷害に襲われた年です.この年は昭和29(1954)年に次ぐ戦後2番目の低温に見舞われ,農林水産業で1兆350億円,北海道,青森,岩手,宮城を中心に水陸稲だけでも8,430億円の被害を受けました.このころは,米の供給量が需要量を上回る「米あまり」の時代.これを是正するために,生産調整による作付面積の制限が行われていました.また,自主流通米やブランド(銘柄)米の導入,圃場の大型区画化と機械化,そして農業人口の高齢化など農業生産の姿が大きく変化していたときでもあり,米づくりそのものが冷害に対して脆弱になっていました.このため,1,000万トンのコメの需要量に対して800万トンの生産量しかなく,流通量が大幅に不足したため,日本政府はガット(関税と貿易に関する一般協定)のウルグアイ・ラウンドのもとで,コメの部分開放を認めました.これによって,コメ農家保護のために「一粒たりとも輸入させない」という国の米政策が大きく転換することになったのです(「平成の米騒動」を参照).
 また,平成23年は3月11日に三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震(東日本大震災)が東北地方から関東地方の太平洋岸を襲いました.発生したのが農閑期でしたので農作物などの被害額は635億円でしたが,農耕地,ため池や水路,農地海岸保全施設などの農業用施設の損壊により,被害金額が8,414億円に達しました.
 被害金額が5,000億円を越えた年は,平成元(1989)年から平成16(2004)年までに8カ年あります.これらの年では,大雨・豪雨,台風,そして低温・日照不足による被害が顕著です.しかし,平成17(2005)年から平成30(2018)年までの14年間では,被害金額が5,000億円を越えた年は,東日本大震災があった23年と30年の2カ年だけです.また,この期間,低温・日照不足よる大きな被害がほとんどなく,大雨・豪雨と台風による被害金額も17年以前と比較して小さくなっています.被害を及ぼす大雨・豪雨と台風の件数は,平成16年以前が年3.6個,17年以後は年3.7個とほとんど変わらなかったことから,一つ一つの現象の被害金額が小規模であったことがわかります.
 しかし,近年(平成28(2016)年以後),被害額が大きくなっており,平成30(2018)年には14年ぶりに被害額が5,000億円を越えました.この年は,7月の梅雨前線による豪雨,そして,5つの台風が日本上陸,さらに,北海道胆振東部地震と災害を引き起こす異常気象現象や火山噴火,地震などの現象が連続して発生しました.このため,水稲,麦,大豆あるいは果樹などの生産物に大きな被害を受けましたが,これにもまして,樹園地の崩落や複数のため池の決壊,ハウスなどの破損などの農業施設の被害が大きく,生産物の約3倍の被害金額になりました.
 このように,施設などのインフラの被害の方が,生産物の被害よりも大きくなる傾向は,被害金額が少なくなった平成17(2005)年以後の特徴です(全被害金額に対する施設の被害金額:16年以前は約65%,17年以後は約85%)(図2).これには,低温・日照不足による冷害など,主に生産物に被害を及ぼす災害の発生が少なくなり,これに変わって,地震などインフラに大きな被害を与える災害が頻繁に発生するようになったことが,その原因として考えられます.しかし,毎年,発生している大雨・豪雨と台風による被害に関しても,全被害金額に対する施設の被害金額の割合がわずかながら大きくなっている(約5%)傾向が見られることから,災害に対してインフラそのものが脆弱になったのではないかと考えられずにはいられません.

図2 農林水産物と施設の被害額の経年変化.

 今後,気候変動による台風や集中豪雨の強化,あるいは巨大地震の発生が予測されています.また,高度経済成長期に構築されたインフラが老朽化し,さらに,農業従事者の高齢化によりそのインフラの保守が難しくなることも考えられます,これにより,農耕地,ため池や水路,農地海岸保全施設などのインフラが脆弱となり,被害が増大することが懸念されます.

(参考)

1964年から2018年に関して,図1.図2.と同様な物を作成しました.

参考図1 農林水産業の被害金額の経年変化(ただし,1964年から2018年まで).

参考図2 農林水産物と施設の被害額の経年変化(ただし,1964年から2018年まで.

 この2つの図から,1960年代から顕著であった冷害とそれに伴う農林水産物の被害額が,2005年を境におおきく減少したこと,これに対して,施設の被害額の割合が増加したことがわかります.