春の凍霜害

 東京では、今年(2023年)、2月から3月にかけて気温が高く(図1)、気象庁標本木である靖国神社のソメイヨシノは3月14日に開花しました。この開花は平年より10日早く、昨年より6日早いもので、2020年、2021年と並び、統計開始以来、最も早い開花です(気象協会HP)。サクラの開花が早いことは、生物季節が早く進んでいることを示しており、農作物の生育ステージも同様に早く進んでいることが想像されます。例えば、山形県特産のおうとうの花は、例年、ソメイヨシノより1週間から10日遅れで開花します(味の農園HP)。今年の山形市のソメイヨシノは、3月29日時点で4月3日(気象協会HP)の開花予想(実際は、3月31日に開花しました(山形気象台HP))ですから、おうとうの花は、例年よりも1週間以上早い4月13日ころには開花するのではないでしょうか

図1.2023年1月1日から3月14日までのアメダス東京(東京北の丸公園)における日最高気温,日平均気温,日最低気温の時間変化.縦軸は気温(°C)、横軸は日付橙色部分は気温が平年よりも高いこと,青色部分は平年よりも低いことを示す(農研機構 メッシュ農業気象データを基に作成).

 さて、東京でサクラの開花が早かった2021(令和3)年は、山形県でも3月から4月上旬までの気温が高く推移したため、おうとうなど果樹の生育も平年より早くなりました。ところが、4月中旬から下旬にかけて、上空に入った寒気とそれに伴う放射冷却のために、最低気温が平年よりかなり低くなり、霜の降りやすい日が多くなりました。とくに4月11日、15日及び27日は、山形県各地で朝の最低気温は-2℃以下、ところによっては-5℃になるなど、平年よりも5~7℃も低い値を観測しました(図2)(山形県農業気象災害速報

図2.2021年3月1日から5月15日までのおうとうの産地,村山に近いアメダス東根における日最高気温,日平均気温,日最低気温の時間変化.縦軸は気温(°C)、横軸は日付、橙色部分は気温が平年よりも高いこと,青色部分は平年よりも低いことを示す(農研機構 メッシュ農業気象データを基に作成).

 この低温により、県内30市町村で果樹を中心に農作物の凍霜害が発生しました。被害は、おうとう、りんご、西洋なし、かきなどいわゆる商品作物で大きく、被害金額は県全体で129億円を超えました。このため、ふるさと納税返礼品にも大きな影響を与え、おうとうが一時期、姿を消したそうです。
 この凍霜害は、果樹などの新葉や花芽の細胞間隙など細胞質の外側にある水分が凍り(細胞外凍結)、細胞内の水が細胞外に移動するために起こります。このため、細胞内が脱水状態となるので、新葉や花芽が枯れた状態になります。そして、これが着果数の減少などを引き起こし、生産量に大きな影響を及ぼすのです。
 この細胞外凍結は真冬にはほとんど起こりません。それは植物には凍結耐性、すなわち、新葉や花芽の温度が0℃以下となっても細胞内の脱水を防ぐ能力があるからです。しかし、この凍結耐性は生育ステージによって変化します。凍結耐性の指標となる凍霜害に対する安全限界温度は、おうとう(佐藤錦)の場合、発芽期(発芽直後)では-3.0℃、花蕾露出期では-1.6℃、花弁露出期では-1.5℃、開花直前から満開期では-1.7℃、落花直後-1.1℃と、生育ステージが進むにつれて上昇します(福島県農業総合センター 果樹研究所,2013)。すなわち、新葉や花芽
生育ステージが進むにつれて凍霜害に対して脆弱になるのです。

 さて、この凍霜害は、日没前から日出後まで雲がほとんどなく晴天で、風がとても弱くときには無風になる夜間に発生します。この時、地表面や地表面付近にある物体(植物も含みます)は放射によって熱を失ない、温度が低下します。これが放射冷却と呼ばれている現象です。これによって、空気は地表面に接した部分から冷やさるために、気温は地表面から高くなるとともに高くなります(接地逆転)。そして、この冷やされた空気(冷気)は上空の空気よりも冷たく、重く、混ざりにくく、地形や地表面の状態によって、あたかも水のように、高いところから低いところに流れ、窪地で溜まるという性質をもちます。
 このため、ちょっとした距離、高度(標高)や地表面の状態の違い、あるいは周辺の事物や樹木の有無によっても気温の差が生じます。例えば、みなさんの農園と近くにあるアメダス気象観測所と気温との差が5℃以上になることがあります。傾斜地など複雑な地形にある農園では、農園の中で気温の差が2~3℃になることもあります。農園内の家屋や樹木付近では、周辺と比較して気温が2℃高くなることもあります。その中でも、低温となる場所はほとんど決まっていることにみなさんはお気づきかと思います。例えば、盆地底の地点は周辺の地域よりも低温になりますが、これは盆地という大きな窪地に冷気が溜まった「冷気湖」が形成されたからです。また、谷間は冷気が流れるために低温となり、霜害を受けやすいことから、「霜道」と呼ばれることがあります。

 以上のことから、地形と気温の分布、さらには作物の生育ステージとそれによって変化する凍霜害に対する安全限界温度(凍結耐性)を考慮することにより、各地点の凍霜害リスクの大きさを「凍霜害危険度地図」として地図上に示すことができます(図3)。

図3.ドイツ南部Donaueschingen地域における「凍霜害危険度地図」.ブドウ畑の葉の初霜被害(葉の変色状態から判断)の分布をもとに,地形と気温分布を考慮して作成されている.1は川,2は鉄道,3は軽い凍霜害,4は中程度の凍霜害、4は強い凍霜害が懸念される地域を示す.ここは,シュヴァルツヴァルト(黒い森)内に位置する地域で,ドナウ川の源流の地として知られる(吉野, 1957を改変)

 さて、最後に、凍霜害軽減のための対策に関して考えることにします。

 私は、この「凍霜害危険度地図」を農家一軒一軒でことに作成して、降霜時に農園内で霜害リスクとその分布を把握することをお勧めします。
 この作成には、まず、降霜時に各農園を代表する地点で気温の測定を行い、近くの気象観測所の気温の観測値、あるいは気象情報で発表される地点の気温の予報値との差を把握します。
 つぎに、谷間や窪地など農園内で冷気の溜まりやすい場所で気温を測定し、代表する地点との気温差を求めることで、農園内の凍霜害リスクの高い地点でを把握します。この時に、気温を測定した地点付近で栽培されている作物の生育ステージの把握し、できればの新芽や葉の温度も測定しましょう。
 そして、これらの結果を生育ステージごとに地図上に示して、「凍霜害危険度地図」としてまとめます。
 霜注意報発令時には、この「凍霜害危険度地図」をもとに、各地方気象台で発表される霜注意報などの気象情報と、農園を代表する気象観測地点や農園内の凍霜害リスクの高い地点に設置した温度計で測定した日没前後の気温と気温変化の様子、そして天気、雲量や風、予想される夜間の気温の低下傾向から、数日前から準備をしていた資材の燃焼や防霜ファンの運用、そして散水などの対策を実施するのです。

 このように、農家一軒一軒で作成した「凍霜害危険度地図」から明らかになった凍霜害リスクをもとに、霜注意報発令時に気象情報から凍霜害対策を実施することは、凍霜害リスク軽減にとってとても効果的であると考えます。