作物の生育を評価する時に、積算温度という指標を用います。この積算温度とは、ある期間の日々の平均温度のうち,一定の基準値(基底温度)を超えた部分を加算したもので、つぎの式で表されます。
ここで、ATは積算温度(°C・day)、Tiはi日目の日平均温度(°C)です。また、Tbaseは基準温度(°C)と呼ばれる温度で、生育が温度に比例すると仮定した場合に、みかけ上、生育が停止する温度です。この温度以下では、生物の生体反応が低いので、生育しないと考えられています。また、このTi – Tbase は有効温度とよばれています。
この積算温度の考え方は、つぎの図1で説明されています。
図1.一般的な生物学的過程における、反応速度の温度依存性(作物学用語事典を参考に作図).
生物の生体反応は、酵素を触媒とする生化学的反応に基づいていることから、その反応速度は温度によって変化します。低温である温度域 A-B では、この反応速度は温度が上昇するとともに指数関数的に上昇します。そして、ある程度の高温となる温度域 B-C になると反応速度は最大に達し、その後、温度がさらに高くなる温度域 C-D では、反応速度は温度が高くなるとともに低下します。この温度域 C-D で反応速度が低下する主な原因は、この反応に関与する酵素が熱によって変性したり、破壊されたりすることで活性を失うからです。そこで、この生物の生体反応の速度は、全温度域 A-D で実線のような曲線で表わすことができます。
このうち、温度域 A-B のように、温度による反応速度の変化を赤い破線で示した直線で線形近似できる温度範囲では、時間を1日単位とすると、生体の反応速度は1日単位の温度で、そして、生体反応の進行程度はその温度を積算した値で表すことができます。すなわち、生体反応の進行程度である生育は積算温度で示すことできるのです。
この温度域 A-B の範囲は、通常、作物が生育する温度範囲であることから、この積算気温は作物の生育の指標としてよく用いられています。たとえば、コメの代表的な品種であるコシヒカリでは、出穂からの積算気温が1,000°C・dayに達すると収穫適期とされています(新潟県新潟地域稲作情報)。また、大玉トマトでは、開花から1,100~1,200°C・dayに達すると収穫期(トマトのちから)をむかえます。
この積算温度はサクラの開花日の推定にも用いられています。サクラの開花日の推定には、「600 °C・dayの法則」(ウェザーニュース, 2023)と「400 °C・dayの法則」(ウェザーニュース, 2019)があります。「600 °C・dayの法則」とは、2月1日を起算日として日最高気温の積算気温が600°C・day、そして「400 °C・dayの法則」とは、日平均気温の積算気温が400°C・dayに達する頃にサクラが開花するというものです。
ここで、実際のサクラの開花日と、「600 °C・dayの法則」と「400 °C・dayの法則」によって推定された桜の開花日を比較することにします。2001年から2024年について、東京にある靖国神社にある標本木の開花日と、アメダス東京の日平均気温と日最高気温を用いて、「600 °C・dayの法則」 と「400 °C・dayの法則」から推定した開花日との差を図2に示します。2014年から2015年の間にアメダス東京の観測地点が大手町から北の丸公園に移転したことで、実際の開花日と「600 °C・dayの法則」、「400 °C・dayの法則から求めた開花日との差で見られる特徴は少し異なりますが、2024年を除いて、その差がほぼ5日以内であることがわかります。
図2.東京靖国神社の標準木の開花日と,アメダス東京(大手町/北の丸公園)の日平均気温と日最高気温を用いて,「600 °C・dayの法則」または「400 °C・dayの法則」から求めた開花日との差.ここで,正の値は,「600 °C・day」の法則」または「400 °C・dayの法則」による開花日が,標準木の開花日よりも遅いことを示す.
このように、積算温度は作物などの生育を示す手頃な指標になることがわかります。
参考文献
日本作物学会(編)(2010):作物学用語事典,農山漁村文化協会(農文協),420P.