栽培現場では「生育データ」がなくても大丈夫?

 (2022年10月執筆)
(2022年12月加筆修正)

 ブログ「農業現場には「農業データ」がない」の中で,「自らの圃場で生育データを取得して,これを農業経営に生かしている農家の方々が農家全体の1.1%とたいへん少ない」ことを,2020年農林業センサス調査結果に基づいてお話しました.播種,施肥や防除,そして収穫などのタイミングを計る上で,あるいは水管理を行う上で,自の圃場で「生育データ」を取得することは基本だと考えていた私にとって,この結果は意外なものでした.そこで,自らの圃場で「生育データ」を取得しない農家の方々にその理由をお聞きすると,県の普及指導員やJAの営農(技術)指導員による技術指導があれば,あえて,自らの圃場で「生育データ」を取得しなくても,作物の栽培管理や水管理には支障がないというお答えが数多くありました.では,農家の方々がこの技術指導によって取得することができる情報はどのようなものか,ホームページからわかる範囲で調べてみました.

 米作りで有名な新潟県では,主力の中生(なかて)品種である「コシヒカリ」の栽培に力を入れていることはみなさんもご承知のことかと思います.現在,新潟県では,県全体の水稲作付面積(子実用)の62.8%で「コシヒカリ」が栽培されています(令和3年度 新潟県の農林水産業(資料編:農業)).
 この「コシヒカリ」栽培を技術指導するために,新潟県新発田地域振興局農業振興部(新発田農業普及指導センター)はホームページで「水稲に関する技術及び経営情報」を公開しています.これには,「水稲生育速報」,「水稲技術情報」,「フェーン予測情報」そして「収穫適期情報」など,イネの栽培管理に必要な内容が掲載されています.このうち,「水稲生育速報」から,新発田農業普及指導センター管内4カ所の定点調査ほ(気象感応ほ:新発田市下羽津,特定定ほ:阿賀野市篭田,生育感応ほ:胎内市八田阿賀野市安野)の,移植日から出穂期までの計7回の生育調査の結果(草丈,茎数,葉色(葉緑素計で測定したSPAD値)そして葉数(葉齢))と,これに基づいた,栽培管理に関する情報(施肥や病害虫対策,そして水管理とそのタイミング,収穫適期など)を得ることができます

 ですから,「コシヒカリ」を栽培する農家の方々は,この「水稲生育速報」に掲載された「生育データ」と栽培管理に関する情報,そしてこれをもとにした県の普及指導員やJAの営農(技術)指導員による技術指導があれば,自らの圃場で「生育データ」を取得しなくても,作物の栽培管理には支障がないようです.これは,「コシヒカリ」を代表とするコメ栽培や県の主要作物や主産地となっている作物の栽培などを行い,JAなどを通して大きな単位で市場に出荷する農家の方々に多く見られる状況です.

 これに対して,自らの圃場で「生育データ」を取得することが不可欠と考えている農家の方々には,地元のイタリアンレストランあるいはレストランチェーン店の多品目野菜の栽培されている方,あるいは漬物業者からの栽培依頼によってカブを栽培している方がおられました.これらの方々の共通点は,レストランや漬物業者などの顧客と,直接,生産物を取引していることです.このため,自ら生産物の品質管理が必要であることから,「生育データ」を取得して生育過程から栽培管理を確認し,品質の妥当性を検証しているとのことでした.また,出荷量の少ない野菜を安定的に供給するために,つねに,自分の圃場で取得した「生育データ」を顧客と共有することで,顧客と供給量の調整を行なっているとのことでした.このため,顧客と長期的な販売契約を結ぶことができるので,安定した経営ができるようになったとのことです.

 私が見る限り,これが,自らの圃場で「生育データ」を取得することに関する農家の方々の状況です.

 さて,今後,少子・高齢化や人口減少などの社会変化による農業人口の減少と消費構造の変化,そして気候変化やこれに伴う異常気象の頻度の増加などによる自然環境の変化により,農家の経営環境が大きく変化することが予測されます.そして,これらの変化は,それぞれの農家経営の中で,それぞれの栽培環境に,それぞれの異なった影響を及ぼすことでしょう.この影響に対応するためには,それぞれが自らの栽培管理を最適化することが重要となります.このような栽培管理を行うには,農家それぞれが自らの圃場で「生育データ」を取得することが不可欠ではないでしょうか.

 今後,このように,農家はそれぞれ,自らの圃場で「生育データ」を基に,農家それぞれに最適な栽培管理と,それに基づいた農家経営を目指すことになります.それには,これらの農家のために,AIなど先端的な技術を用いた栽培管理や農家経営に関するための支援システムが必要となるのではないでしょうか.しかし,このような支援システムがあっても,これを適切に運用できる人材がいなければシステムは機能しません.このシステムを機能させるためには,これをを運用できる人材,すなわち,このシステムのもとで,「生育データ」から栽培管理を考え,農家それぞれにとって最適な農家経営を目指すことができる(指導することができる)人材の養成がなによりも必要だと考えます.