(2018年7月執筆/2022年6月加筆修正)
梅雨が明けると,本格的な夏を迎えます.気象庁が2018年5月30日に発表した3ヶ月予報によると,この夏の前半は,太平洋高気圧に覆われ,平年に比べて晴れの日が多く,この傾向が後半まで続くとのことです.海や山への行楽を考えている方にとっては期待のできる夏やすみになりそうです.しかし,前半は降水量が少ないということで,農作物の生育への影響が心配されます.
ところで,みなさんがお住まいの地域では,夏,どの方向から風が吹きますか.夏は太平洋の高気圧に覆われることが多いので,南寄りの風が吹くと思われている方も多いのではないでしょうか.私も高校生のころまではそう思っていました.
私が高校生まで過ごした,東京都練馬区にある気象庁地域気象観測所であるアメダス練馬での風向の頻度分布と風向別の平均気温を図1に示します.解析した資料は,2015年から17年,7月15日から9月14日まで,すなわち梅雨が終了する頃から秋霖が始まる頃までの2ヶ月間(✕3年)における毎日14時の観測値です.風向は頻度分布として示しています.また,極グラフ中心にある値はこの期間の14時の平均気温です.なお,頻度の高い風向(92日中15日以上)に関しては,風向別の平均気温を示しました.
図1 練馬の風向頻度と風向別の平均気温.
図1を見てわかるように,練馬では,この期間,南南東(SSE)から南南西(SSW)の風向,いわゆる南寄りの風の頻度が高くなっています.風向が南南東(SSE)から南南西(SSW)の日の天気図をみると,その多くが太平洋高気圧に覆われた日でした.しかし,東(E)から東北東(ENE)の日の頻度も,比較的高いこともわかります.また,風向別の平均気温をみると,東(E)から東北東(ENE)の風が吹く日は気温が低いようです.天気図で確認すると,これらの日の多くは,オホーツク海高気圧に覆われているかあるいは関東地方の南岸に梅雨前線が停滞した気圧配置でした.
同様に,茨城県つくばで観測した同期間の風向の頻度分布と風向別の平均気温を,図2に示します.つくばでは,練馬とは異なる方向からの風がかなりの頻度で吹いていることがわかります.風向が北東(NE)から東南東(ESE)の頻度が全体の56%,ついで南(S)と南南西(SSW)が20%となっています.じつに,1週間のうち4日は東寄りの風が吹いています.また,風向別の平均気温をみると,頻度の高い北東(E)は24.9℃,東北東(ENE)は25.8℃です.この期間の平均気温は28.4℃ですから,これと比較するとかなり冷涼なことがわかります.天気図で確認すると,風向が北東(NE)と東北東(ENE)の日の多くは,オホーツク海高気圧が強く張り出している,あるいは関東地方南岸に梅雨前線が停滞している気圧配置であることがわかります.
図2 つくばの風向頻度と風向別の平均気温.
風向が東(E)から東南東(ESE),南東(SE)となると,オホーツク海高気圧のあるいは前線の影響を受ける日の頻度が低くなり,それに変わって,太平洋高気圧に覆われる日の頻度が高くなります.そして,風向が南南東(SSE)から南南西(SSW)の日の多くは,太平洋高気圧に覆われた日のとなります.このことは,風向別の平均気温にも顕著に表れており,風向が東(E)では28.3℃,東南東(ESE)では27.9℃,南(S)では30.8℃,南南西(SSW)では31.9℃となります.
この風向の違いは,日照時間や降水日数にも特徴が見られます.日照時間とは,1時間に決められた数値(0.12kWm-2)以上の日射量があった時に1時間とした値で,天気に置き換えると,晴れは0.8時間以上,どんよりと曇った時には0.3時間以下となります.風向が北東(NE)である日の80%,東北東(ENE)である日の60%は,日照時間は0.3時間以下となります.他の風向では日照時間0.3時間以下の日が30%前後ですから,風向が北東(NE)と東北東(ENE)の日は,日照時間の短い日,すなわち,どんよりと曇った日であるかがわかります.また,北東(NE)となる日の80%,東北東(ENE)となる日の40%近くは降水日となっています.
関東地方では,太平洋高気圧に覆われると気圧の水平的な変化が小さくなることから,一般風(オホーツク海高気圧からの冷たい風のように,天気図に示された気圧分布からその風が吹いていることがわかる風)が弱くなります.その結果,関東地方内陸部と太平洋との間で気温差が生じ,海陸風が発生しすることが多くなります.14時は日最高気温が出現する頻度の高い時刻であり,海風が最も強くなります.この海風が吹走する時には,つくばでは東にある太平洋(鹿島灘)からの海風が侵入することが多いので,風向きが東(E)から東南東(ESE)となります.一方,練馬では南にある太平洋(相模灘)からの海風が侵入するため,風向が南南東(SSE)から南南西(SSW)となります(鈴木・河村, 1987, 1989).
また,つくばでは,冷夏には東北東(ENE)から東(E)の風の頻度が,暑夏には南寄りの風の頻度が高いという特徴があります(鳥谷・吉野, 1987).冷夏では,オホーツク海高気圧が強く張り出している日あるいは関東地方南岸に梅雨前線が停滞する日が長く続くので,東北東(ENE)から東(E)よりの風が卓越します.みなさんもご記憶のように,2017年の夏は,オホーツク海高気圧が出現して,関東地方では天候が不順となったために,秋には野菜の価格が高騰しました.つくばでは,この夏,東北東(ENE)から東(E)よりの風がいつもよりも多く観測されました.
(参考)
アメダス練馬
私の高校時代,アメダス練馬は武蔵大学・江古田キャンパス敷地内にありましたが,2012年12月に練馬区立石神井松の風文化公園内に移転しました.
・アメダス練馬観測値(過去,現在)
・東京都練馬の気候
・観測概要と観測所一覧(地点情報履歴あり)(気象庁)
・アメダスの練馬観測所移転の経緯(武蔵学園百年史)
・練馬アメダス観測所移転 (朝日新聞記事より)
・石神井公園における夏季のクールアイランド現象
・都立石神井公園三宝寺池周辺のクールアイランドの観測とその環境教育教材化
・東京都練馬区石神井台地区における自然体験からみる緑地の利用と変遷
・練馬で最高気温39.6度 観測史上最高気温を記録(2018年7月23日)