2024年1月15日(初稿)
2024年11月30日(修正)
2025年3月15日(修正)
晩秋から初春の冷え込んだ朝には、庭の花壇に霜が降ります(降霜)。しかし、霜が降りたからといって必ずしも作物が被害を受ける(凍霜害)わけではありません。なぜなら、「降霜」は大気中で発生する現象であり、「凍霜害」は作物の体内で起こる生理的現象だからです(Michela Centinari, 2016)。
霜の発生による農作物の被害を防ぐため、気象庁は「霜注意報」を発表します。この「霜注意報」は、作物が霜害を受ける可能性が高いと予測される日の前日に発表されます。しかし、霜注意報は「気温」に基づいて発表されるため、注意報が発表されたからといって、必ず作物は被害を受けるわけではなく、また、逆に発表がなくても凍霜害が発生することがあります。

図1.霜注意報発令基準の最低気温の分布(齋藤典之様より).
作物は低温にさらされると、細胞内の水が凍らないように「低温耐性」を発達させます。その仕組みの1つに、細胞質に含まれている水溶液(糖やアミノ酸などを含む)の濃度を高めることで、細胞内の水分を保持したり、水が凍らないようにする機能があります。とくに、低温時には細胞間隙(細胞と細胞との間の空間)で氷が形成されるため、細胞内の水が細胞間隙へ引き出され、細胞内が脱水して損傷を受けることがあります。そこで、細胞質の水溶液の濃度を高めることで水の移動を防ぎ、細胞内の水分を保持して、枯れないようにします。しかし、この低温耐性の強さは生育ステージによって変化するため、低温耐性を十分に獲得していない生育ステージでは、低温にさらされると凍霜害を受けるリスクが高くなります(Taiz et al., 2015)。
図2に、ぶどう「巨峰」の枝から発芽した芽に関して、生育ステージ毎に低温耐性の強度を指標となる安全限界温度で示します。

図2. ぶどう「巨峰」の生育ステージ別安全限界温度(福島県,2022).
この生育ステージ別安全限界温度は、ぶどうの生育ステージ別に採取した切枝を用いた低温処理試験から、切枝が当該温度下で1時間置かれた場合に、被害がわずかでも発生するおそれがある温度です(福島県,2022)。ですから、この温度は、各生育ステージの切枝が凍霜害を受けるか受けないかの閾値と考えられます。
ここで、注意しなければならないのは、切枝の安全限界温度などの閾値となるのは作物の「温度」であり、大気の温度すなわち「気温」ではないということです。この作物の温度を葉温で代表すると、葉温 Tl と作物周囲の気温 T の差は下記の式で表れます(Monteith and Unsworth, 2013, P236)。

この式から、葉温 Tl と圃場の気温 T の差は正味放射量 Rn によって決まることがわかります。降霜時は放射冷却が強いことが多いので、Rn は負の値でその絶対値が大きくなります。このため、葉温 Tl は、作物周囲の気温 T よりも低く、その差もまた大きくなります。中山間地域では、葉温Tl が作物周囲の気温T よりも4~5°Cも低くなることがあります。
実際のところ、枝の温度は気温よりもどのくらい低くなるのでしょうか。ここでは、福島県果樹研究所が行った「防霜対策時における花芽温度の観測(福島県農業総合センター果樹研究所平成18年度農業総合センター試験成績概要)」を紹介します。図2で示した生育ステージ別安全限界温度(切枝の温度で示されている)を防霜対策の指標として用いるために、福島県では、枝温度推定手法開発に関する研究が行われています。これに用いられたセンサーを図3に示します。このセンサーは、枝の温度と数種類のセンサーによる温度の比較観測にから,枝の温度に近似する(枝の放射特性に類似する)センサーとして選択されたものです。なお、このセンサーによる枝の温度の推定誤差(RMSE)は0.17°Cでした(福島県,2022)。

図3. 花芽の温度の推定に用いたTPE樹脂被覆汎用型サーミスタセンサー(下:CHINO・MR9301M05)(福島県,2022).
このセンサーを用いた枝の測定の様子を図4に示します。このセンサーは、枝の温度を測定するために、樹木の枝から出芽した花芽と同じ高さになるように設置されました。また、この測定結果を図5に示します。

図4. 花芽温度を推定するための観測方法(福島県,2022).

図5 推定された枝の温度(○)と気温(×)の時間変化.枝の温度(○)は,図3で示したセンサーを用いて,図4の測定方法による測定値.気温(×)は,福島県果樹研究所内に設置した自動気象観測装置の強制通風筒式温度計による測定値.参考のために,福島県果樹研究所内の果樹圃場に設置した百葉箱内の気温(□)を示す(福島県,2022).
この結果から、夜間、晴天時には,強制通風温度計による気温と枝の温度との差が、最低気温出現時には約3°Cに達することがあることがわかります。そこで、凍霜害のリスクを最小限に抑える対策を実施するためには、対象作物の生育ステージの把握と、霜注意報が発表された時の作物の温度を把握することが必要となります。
以上のように、作物が凍霜害を受けるかどうかは、単に気温が低いかどうかだけで決まるわけではありません。とくに、夜間の放射冷却が強い場合には、作物の温度が気温よりも4~5°C低くなることがあり、霜注意報の基準となる気温だけでは、凍霜害のリスクを正確に評価できません。
また、作物の低温耐性は生育ステージによって大きく異なります。例えば、ぶどう「巨峰」の場合、生育ステージごとの安全限界温度が異なり、若い芽ほど低温に弱いことが示されています。そのため、霜注意報が発表された際には、作物の温度を把握するとともに、その作物が現在どの生育ステージにあるのかを考慮することが重要です。
防霜対策の精度を高めるには、
①作物の生育ステージを適切に把握し、低温耐性を考慮すること、
②気温だけでなく作物の温度を測定すること
が不可欠です。福島県果樹研究所の研究では、枝の温度を測定するセンサーを活用することで、より正確な防霜対策が可能であることが示されました。
これらの知見を活用することで、より効果的な防霜対策が可能となり、作物の凍霜害リスクを低減できると考えます。霜注意報を参考にしつつも、作物の状態を直接観測し、適切な対策を講じることが、凍霜害リスクを軽減するために不可欠なのです。