(2020年10月執筆/2022年8月加筆修正)
(2022年10月加筆修正)
(2022年12月加筆修正)
地表面で生活している私たちは,太陽からの放射(日射)のほかに,大気からの放射(大気放射)を受けています.この大気放射の源は雲や水蒸気,二酸化炭素やその他,大気中に含まれる物質で,波長領域が3~100μm 1)と電磁波の中では赤外の領域であることから赤外放射ともよばれています.また,気象学では,日射はその波長領域が0.15~3.0μmであることから短波放射とよばれるのに対して,大気放射は長波放射とよばれています.
この大気放射あるいは赤外放射は,天気予報などでほとんど話題にならないので,みなさんにとって馴染みのないものとお考えかもしれませんが,とても身近な存在です.みなさんはストーブやたき火の炎を暖かいと感じると思いますが,これはストーブやたき火の炎から放射された赤外放射によって運ばれる熱を感じているからです.また,昨今のコロナ禍の中,商業施設や病院などの公共施設では,入店・入館時に体温の測定を求められますが,この時にみなさんの体温を測定するのは,非接触型温度計あるいはカメラ式温度計という赤外放射温度計です.これらの温度計は,みなさんの肌の表面から,みなさんの体温に相当して放射される赤外放射によって運ばれる熱を,文字どおり,温度として測定しているのです.これに対して,大気放射を感じる機会はあまりないかもしれません.しかし,たとえば,星が煌煌と輝くの無風の夜よりも,空が雲で覆われた無風の夜の方が暖かいと感じるのは,大気全体よりも高い温度の雲から放射される赤外放射によって運ばれる熱によるものです.
さて,現在,私たちの住んでいる地球では温暖化が進行していることは,みなさんもご承知のことかと思います.「温暖化とは,人間活動などによって増加した温室効果ガスを含む大気から放射される赤外放射の増加により,地表面に向かう赤外放射も増加することで,地表面温度および大気の温度が上昇すること」と考えられています.この温室効果ガスには,二酸化炭素,メタン,一酸化二窒素などがありますが,このうち二酸化炭素の濃度はほかの温室効果ガスの濃度よりも2桁ほど高いことから,二酸化炭素の濃度変化が温室効果ガスの濃度変化の指標になっています.この温室効果ガスの濃度変化に関するモニタリングとして,日本でも,綾里(りょうり),南鳥島,与那国島で長期間にわたって温暖化ガス濃度の観測が行われており,その観測結果によると,日本における二酸化炭素濃度は、1987年から1年あたり2~3ppmの割合で増加しているとのことです(図1).
図1 綾里、南鳥島及び与那国島における大気中の二酸化炭素の月平均濃度と季節変動を除いた濃度の経年変化.気象庁HPより.
では、この大気中の温室効果ガス濃度の増加によって,大気から放射されて地表面に向かう赤外放射がどのように変化しているのかに関して注目することにします.地表面に向かう赤外放射のうち,地表面に達する赤外放射は地表面温度と地表面付近の大気の温度の変化に影響を与えることから,日本では,下向き赤外放射の観測として,網走,札幌,つくば,福岡,石垣島,南鳥島の6か所で行われています 2).ここでは,このうちつくばにある高層気象台で観測された下向き赤外放射の経年変化を図2に示します.
図2 つくばにおける赤外放射量の経年変化(1977年から年2021年までの変化).気象庁HPより.
1977年から2021年までの経年変化をみると,下向き赤外放射は約 1.3 MJ/m2/day(1年あたり約0.03 MJ/m2/day)増加したことがわかります.この期間中,大気中の温室効果ガスの濃度が上昇しているので,地表面に達する赤外放射の増加はこれによるものだと考えることができるようです.
図3 つくばにおける赤外放射量の季節変化(2021年の変化).気象庁HPより.
ところが,図3の赤外放射量の季節変化からわかるように,下向きの赤外放射は,季節による大気の温度と水蒸気量の変化によって15 MJ/m2/day も変化します.また,空一面が雲に覆われると,雲から放射される赤外放射のために,曇天時には快晴時と比較して 7 MJ/m2/day 近くも増加することがあります.このように,地表面に達する赤外放射の変化は,大気の温度や水蒸気量の変化によって大きな影響を受けます.そこで,地表面に達する赤外放射の変化から,温室効果ガス濃度の増加によって赤外放射がどのように変化するのかを理解するには,大気の温度と水蒸気量の変化による赤外放射の変化も考慮しなければならないことがわかります.
これに関しては,大河原・高松(2011)3)は,1979年から2004年までの25年間の長波(赤外)放射量の変化を解析したところ,水蒸気や雲量の変化を無視できる夜間快晴時に関して比較すると,温室効果ガスの濃度の増加と気温の上昇による効果は,地表面に達する長波(赤外)放射では同じ程度に寄与していることを確認しています.これから,温暖化の過程では,温室効果ガスの増加による大気からの赤外放射の増加ばかりでなく,温暖化にともなう大気の温度の上昇と水蒸気量の増加による赤外放射の増加も寄与する「相乗効果」があることがわかります 4).
このように,観測によって明らかになった地表面に達する赤外放射の変化は,温暖化のメカニズムを理解するうえで,大変,役に立つのです.
参考
1)教科書によっては,大気放射(赤外放射)の波長領域を4~100μmとしている物もあります.
2)下向き赤外放射量の観測について
・札幌の観測は2020年11月をもって終了しました.
・網走の観測は2021年3月から開始されています.
3)大河原 望・高野松美(2011):館野における下向き長波放射量の長期変化の特徴と気温や温室効果ガスの寄与について.高層気象台彙報,69,1-8.
4)水蒸気も温室効果ガスの1つです.大気放射からみると,水蒸気による実際の大気中の温室効果は二酸化炭素の10倍の大きさとなります.これが,大気中の水蒸気量の季節変化による下向きの赤外放射の変化(図3参照)が,二酸化炭素の増加による変化(図2参照)に比べて大きい原因の1つです.二酸化炭素の人為的増加が地球温暖化の「引き金」とされていますが,二酸化炭素の増加による気温上昇によってもたらされる大気中の水蒸気の増加も,二次的な温暖化をもたらすと考えられています.