(2019年1月執筆/2022年7月加筆修正)
(2022年10月加筆修正)
そろそろ大寒を迎えます.大寒は二十四節気のうち第24番目の節気,今(2019)年の暦では1月20日にあたります.この大寒から立春(2月4日)までは1年の中で最も寒い時期とされています.昨(2018)年,気象庁が観測した冬の茨城県つくばの気温の変化からも,この大寒から立春までの期間に日平均気温(図1.黒)と日最高気温(図1.赤)が最も低い値になることがわかります.そして,この日平均気温と日最高気温が低い値となる日の多くは,「シベリア付近に強い高気圧,オホーツク海には発達した低気圧があり,本州付近では等圧線が南北(縦)に密にはしる」西高東低の冬型の気圧配置なっています.
図1 2018年冬(2017年12月1日~2018年2月28日)の,つくばにおける日平均気温(黒),日最高気温(赤),そして日最低気温(青)の変化.破線は,変化を平滑化するために施した2次の回帰曲線.
ところが,日最低気温(図1.青)が低い値となる日は大寒から立春までの期間ばかりではありません.昨年,つくばでは,12月18日,1月13日,15日,2月8日などに,日最低気温が極小値となっています.このうち,この冬1番低い値となったのは立春から4日過ぎた2月8日でした.これらの日は,南北に密に走っていた等圧線の間隔が広がる,いわゆる冬型が緩んだ気圧配置(2018年2月7日21時,8日9時)となっています.この気圧配置のもとでは,日没前から日出後まで,雲がほとんどない晴天で風がとても弱く,無風になることもあります.このような夜には,地表面が大気へ放射する放射量1)が,地表面が大気から吸収する放射量よりも大きくなるため,地表面は放射によって熱を奪われて冷却します.そして,地表面が冷却することで地表面に接している大気の温度(気温)が低下します(図2).これが「放射冷却」です.
図2 晴天夜間の放射冷却の概念図(風がない場合).
「放射冷却」が大きい夜間では気温がどのように変化するのか,この冬,日最低気温が1番低い値となった2月7日15時から8日9時に関して,つくばと長野県菅平で観測した気温の時間変化を見ることにしましょう.つくば(図3.黒,気温の値は左軸に示す)と菅平(図3.緑,気温の値は右軸に示す)の気温の時間変化を見ると,両地点ともに,20時以後,気温は急激に低下していますが,その後,気温の低下は徐々に小さくなり,6時50分ころに1番低い値(日最低気温)となります.また,つくばと菅平を比較すると,つくばは菅平と比較して夜間の気温低下は約半分となっていることがわかります.
図3 2018年2月7日15時から8日9時までのつくば(黒)と菅平(緑)における気温の時間変化.
では,なぜ,つくばと菅平の夜間の気温の低下に違いがあるのでしょうか.その一つの要因として,つくばと菅平の地形に伴う風の吹き方が考えられます.この時間,平野部に位置するつくばは,1~2ms-1の風が絶えず吹いていました(図4.黒).これに対して,周囲を尾根で囲まれた盆地底にある菅平(図4.緑)では風がほとんどなく,たまに0.2~0.6ms-1となる風が吹きました.この放射冷却による気温の低下の大きさは地形と風の吹き方によって左右され,風通しのよい平野にあるつくばでは,風が吹くことによって放射冷却を緩和されるので,気温の低下が小さくなります(図4).これに対して,風が周辺の尾根によって遮断される盆地にある菅平では,放射冷却を緩和する風が吹かないので,気温の低下が小さくなりません(図5).
図4 2018年2月7日15時から8日9時までのつくば(黒)と菅平(緑)における風速の時間変化.
図5 晴天夜間の放射冷却の概念図(風がない場合).
このように2018年の冬では,1年で1番低い日平均気温と日最高気温(1年で1番寒い日)は,西高東低の冬型の気圧配置の時に出現しました.これに対して,1年で1番低い日最低気温(1年で1番寒い朝)は,西高東低の冬型の気圧配置がくずれた晴天で,放射冷却が強く,風の弱い明け方に出現しました.また,放射冷却によって出現する日最低気温は,風通しの良い平野では,放射冷却が風によって緩和されるので,周囲を尾根で囲まれた盆地よりも高くなります.
この夜間の放射冷却は,冬ばかりでなく1年中見られる現象です.春,この放射冷却が霜害などを引き起こす原因となることから,お茶畑では,防霜ファンによって人工的に風を起こすことで,放射冷却による気温の低下を緩和させ,霜害からお茶の葉を守っています.これに対して,盆地底にある魚沼のコシヒカリは,登熟期の最低気温が夜間の放射冷却により低いことから,品質と味がよいとされています.
(参考)
1)地表面が大気へ放射する放射は地表面放射ともいいます.波長領域は長波放射(赤外放射)の領域です.
2)放射冷却が強い夜には,気温の時間変化にはっきりとした特徴が現れます.夜,時間とともに地表面温度が低下すると,地表面放射は小さくなります.これは,地表面放射量が地表面温度の4乗に比例する(シュテファン・ボルツマンの法則)からです.これにより,地表面放射量と地表面が大気から吸収する放射量との差が小さくなり,地表面の冷却は弱くなります.そのため,地表面温度と地表面に接している大気の温度の低下も時間とともに小さくなるので,気温の時間変化は下向きに凸の曲線を描きます.
3)つくばと比較して,菅平で放射冷却による気温の低下が大きいのには,まだいくつかの要因が考えられます.このうち,大きなものは,
・標高と大気の水蒸気量の違いによる,地表面が大気から吸収する放射量の大きさ
・地形が盆地のために起こる大気の滞留と蓄積,そして「冷気湖」の形成による,大気から地表面への放射量の減少
です.これに関しては,後ほどお話しすることにします.
これからのお話に関する資料
アメダス位置情報(日本気象協会)
地域気象観測所一覧
魚沼(六日町盆地)付近の地域気象観測所
・小出(魚沼市佐梨)
・十日町(十日町市小泉字北原)
滝雲
・魚沼市観光オフィシャルサイト
・絶景!!秩父の雲海(雲海カメラ):秩父観光ナビ
・“雲海” 霧がつくる絶景(2021年9月24日,東京新聞Web版)