気象データを「判断する材料」として使う(2) 変化と変動

 最近の天候について話をしていると、「雨の降り方が変わりましたね」という言葉をあちこちで耳にします。では、その「変わった」という感覚はいったい何を指しているのでしょうか。
 毎年の天候はもともと同じではありません。「梅雨が短い年も長引く年もある」、「雨具を準備できた時もあれば、ずぶ濡れになった時もある」。農業に携わっている方ほど、その年ごとの違いを肌で感じてこられています。一方で、「昔は、この時期にはこんなに強く降らなかった」、「この畑が冠水したのは初めてだ」という声も、近年よく聞かれるようになりました。ここで考えたいのは、それが「いつもの中での揺れ」なのか、それとも「基準そのものが動いていること」なのかという点です。同じ「降り方が変わった」という言葉でも、それがどちらなのかによってとるべき対応は大きく変わってきます。ここでは、この違いを「変動」と「変化」という言葉で整理したいと思います。
 私は、大気境界層や乱流輸送を学んだ経験から、変動(fluctuation)と変化(change)を区別しています。変動は平均のまわりの揺らぎ、変化は平均そのものの移行です。これが気象を理解するうえで本質的なものと考えています。平年より暑い年、少し涼しい年がある。雨が多い年、少ない年がある。これは、長い目で見れば、ある程度は繰り返される動きです。このように、ある基準のまわりで起こる揺れが変動です。一方、変化とは、その基準そのものが、ゆっくりと動いていくことを示します。10年、20年といった時間スケールで見たときに、「普通」と考えていた水準が、少しずつずれていく現象のことです。
 農業の現場では、この2つのことが同時に起こります。しかも、感覚的には区別がつきにくいことがあります。例えば、「今年は猛暑だった」という実感は、たまたま暑い年だった場合(変動)もあれば、平均的な気温そのものが上がってきている場合(変化)もあります。重要なのは、どちらか一方だけで判断しないことです。年ごとの変動だと判断すると、気づかないうちに基準そのものの変化を見逃してしまうことになるのです。
 下の図1はアメリカ海洋大気庁(NOAA)がハワイ・マウナロア山頂で観測している大気中のCO₂ 濃度の変化です。この図は、私が学生に「変動と変化の違い」を説明するときに使っているものです。

図1.マウナロア観測所における大気中のCO2濃度の季節変動と経年変化(NOAA GMLより).ここで,年周期の上下は変動(fluctuation)(赤線),長期的な上昇傾向は変化(change, trend)(黒線)を示す.

 マウナロア山頂で観測されたCO2濃度は、1年で見ると年平均を中心に周期的な運動をしています。これは、マウナロア山がある北半球の植物の生育に関係していると考えられます。生育期が始まると、光合成によるCO2の吸収が進み、5月頃から大気中のCO2濃度が減少します。そして、生育期が終わる10月頃からは、再びCO2濃度が増加しています。このように、年平均を軸として周期的に上下する動きをしていますが、これが変動です。
 一方、65年という長い期間で見ると、1960年では316ppmであったCO2濃度は、2025年には427ppmまで増加しています。年間に約1.7ppm増加していているのです。この動きには一定の傾向(ここでは上昇傾向)があることから、これが変化です。また、これはトレンド(trend)とも呼ばれています。
 この変動と変化に関して、身近な例で考えてみましょう。図2は1979年から2025年までの静岡県菊川・牧之原における月平均気温の経年変化です。

図2.1979年から2025年までの静岡県菊川・牧之原における月平均気温(黒線)の経年変化.ここで,5年間の移動平均とLOWESS法によって求めた変化をそれぞれ、橙実線、赤破線で示す.15℃の位置に基準を示す補助線(破線)を入れた(気象庁HPより).

 この図をよく見ると、二つの動きが重なっていることがわかります。ひとつは、黒実線で示された、毎年、上下にギザギザした動きです。夏は高く、冬は低く、毎年同じような形を繰り返しています。さらに、同じ夏でも「暑い年」や「やや涼しい年」があり、年ごとの差もはっきり見えますが、これが、変動です。季節による上下や、年ごとの暑さ寒さの違いは、「ある基準のまわりで起こる揺れ」として理解できます。
 もうひとつは、右肩上がりに進んでいる動きです。これは、5年移動平均あるいはLOWESS曲線から求められたものですが、年を追うごとに各年の平均そのものが上がっていくことがわかります。これが、変化あるいはトレンドです。もし、この図を1年分だけ切り取って見たら、「基準のまわりを上下しているな」という印象しか残らないでしょう。しかし、長い期間をまとめて見ると、「基準が動いている」ことがはっきりと見えてきます。  
 農業気象で大切なのは、この「基準のまわりを上下しているな」という短い時間の揺れと、「基準が動いている」という長い時間の動きを同時に見ることです。この変動と変化を同時にみることで、作物の栽培方法を検討します。
 変動への対応は、その年の中での備えや調整に関するものです。一方、変化への対応は、栽培方法そのものの見直しにつながります。例えば、「高温」でも、これが変動であれば、栽培現場での判断の対象は、水管理を工夫する、被覆や遮光でしのぐなど、その年、その季節の中での調整になります。ところが、変化であれば、作物・品種の選択、作期の再設定、栽培体系の変更など、数年単位の栽培の方法の見直しを考えなければなりません。ですから、気象データを見るときに、「今年はどうか」だけでなく、「この基準は動いていないか」という視点を持つことが、これからの農業では欠かせません。
 ここまで、変動と変化という、二つの動きの違いを見てきました。次に気になるのは、目の前の気象データが、変動と変化のどちらなのかを、どう見分けるかという点です。平年、5年間の平均、長期のトレンド。そして、それぞれどんな判断に向いているのか。次回は、「気象データを判断する材料として使う」ための、具体的な見方を整理していきます。